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2005年05月03日

美容と健康における信仰とエロス

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 このブログでは、美容や健康について語る時、しばしば「信仰」や「エロス」といった場違いな言葉が使われています。
 多分にわたしのバイアスによるものですが、これについての簡単なまとめをメモしておきます。

 一般人として、わたしはまあまあリサーチオタクな方だと思います。
 古い友人には「『あれ面白いね』とか軽く話題にした一週間後くらいには、めちゃくちゃ詳しくなっている」と言われたことがありますが、何かが気になると一定のところまでは調べてみないと落ち着かない性分です。その分、忘れるのも異様に早いので、ひたすら使えない引き出しだけが増えていく人生なのですが(笑)。
 この性質の背景には「見える範囲をしっかり把握して安心感を得よう」という肛門的で幼児的な人格が反映されていると思うのですが、ここで書きたいのはその問題だけではありません。

 コスメについても食べ物についても、演出的に操作された情報が溢れかえっています。というより、純粋な情報などほとんどないと言って良いでしょう(純粋な情報とは何か、という問題はひとまずおいて)。
 このような状況では、とにかく情報を得ることより遮断することが大切です。知ってしまったことからは、人はなかなか自由になれないものだからです。切った上で必要なものには個別でアクセスしていけば良いのです。
 ここまでは簡単なことです。
 素朴に踊らされている人よりは圧倒的に少ないとはいえ、こういう考えの人は珍しくありません。病的なまでに徹底してリサーチし、自分に必要なものだけを取り入れようとする人々です。
 そもそもこの傾向というのは理系タイプの方々、特に研究者という人種一般に見られるもので、これを基準にすれば、根がいい加減なわたしなどはまったく見ていられないことでしょう。
 わたしとしても、自分のリサーチが完璧などとはまったく思っていません。
 それどころか、いい加減でバイアスを含みまくった知識を垂れ流しにしようとすら考えています。
 いくつか理由があります。

 まず、当然ながら、調べることには限界があります。
 特に「すべてに素人」なわたしのような雑学オタクでは、所詮入門レベルまでしか鼻を突っ込めないものです。基礎から学ぶ意気込みがない限り、適当なところで撤退せざるを得ないのは当たり前のことです。
 また一つには、知りたいことは調べますが、この「調べる」という行為自体が快楽行動でしかない、ということです。ただ単に気が向いて調べているだけのことですから、面倒になったらやめます。やめられないとしたら、それは趣味や誠意の粋を越えた強迫行動に他なりません。
 そして重要なことに、どんなに徹底したところで「客観的」な事実になどは突き当たらず、結局は趣味的・自律的な決断を迫られる時が来る、ということがあります。より正確には、仮に「客観的」なものを得られたとしても、結果としてとる行動にそれが反映されるかどうかはまったく別問題、ということです。

 たとえばスキンケアやコスメについて、調べれば身体に悪い要素などいくらでも出てくるでしょう。他の条件が同じなら、身体に良いものを選びたいのは人情です。ですがこれも「身体に良い」というギミックを買っているだけの話で、「色がかわいいから」「なんとなく好きだから」とという選択と本質的には何も変わりありません。
 調べるだけ調べて、「こっちの方が優れている」とわかった上で「でもあっちがスキ」と全部パーにしてしまうことも、価値判断的にはまったく等価なわけで、むしろそのような選択こそ美しいものです。

 何かを客観的に把握しよう、という営みには、自分を世界の外部において冷静で安全な観察者にしよう、という願望が潜んでいます。ヘーゲルの「美しい魂」のようなものです。平たく言ってしまえば「そういうのもアリだね」とヘラヘラと気取って、自分自身は一切世界に参加せず、身を守っているのです(サヨク的肛門的防衛)。相対主義の脆弱さが、ここにはあります。
 一度バイアスを外して極力ものごとを公平に見ようとする相対主義的スタンスというのは、何かをキチンと理解しようとした時には必須のものではあります。
 しかし永遠にここに留まることはできません。わたしたちは一人の人間として既にこの世界に参加してしまっているのであり、人生はもう始まっているのです。考え事をしている間にも時間は過ぎて行きます。決断が必要なのです。
 そして決断とは、常に自分の思った通りには進まないものです。うっかり押してしまったボタンから、予想もしないことが次々起こり、リセットできないまままた次の選択を迫られるのが人生です。
 それで良いではないですか。
 知ることは楽しいことです。
 ですがその本当の美しさは、知った上で知ったことをちっとも活かせない選択をうっかりしてしまうところにあります。
 もちろん、できれば「活かす」方向で選択したいのですが、そういつも思い通りになるものではありません。この「思い通りにならなさ」は、必ずしも他人や社会による圧力のことを言っているのではなく、どうにもならない自分の性分や趣味嗜好、さらに「うっかり」といった何だからさっぱりわからない失敗や偶然も含めたものです。
 そうしてことを全部含めた上で、なお知ろうとする時、その知は本当の輝きを得るのです。

 まるっきりムダになってしまった「知」、それは神様への捧げものにでもなったのでしょう。



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