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2005年09月27日

『ヒストリエ』 岩明均

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 久々に素晴らしいマンガに出会いました。
 『寄生獣』の岩明均さんによる『ヒストリエ』です。

『ヒストリエ』 岩明均『ヒストリエ』 岩明均

 「岩明均『寄生獣』ハリウッド映画化」の時にも書きましたが、岩明均さんはわたしが最も尊敬するマンガ家の一人です。ただとにかく『寄生獣』が素晴らしすぎて、なかなか他の作品にのめりこめないでいました。『七夕の国』もかなり好きなのですが、率直に言うともう少しもっていき方というか、膨らませ方があったような気がします。(この『寄生獣』の重みに一番苦しめられたのはおそらく岩明均さんご自身だと思いますが・・)
 ですがこの作品は、『寄生獣』の迫力を引き継ぎ、一連の岩明ワールドに連なる世界観やギミックでオールドファンを納得させながら、同時に決定的に新しいことをやってくれそうなオーラが放ってくれています。
 良い語り手とは、ディテールと世界観の間に隙のない連携を作り出せるヒトだと思うのですが、岩明均さんは正にそういう方です。『寄生獣』にしても、あの物語性や重みをわたしたちに深く打ち込んでくれるのは、描画の「必要十分」を職人的にわきまえることで成り立たせた残忍性の描写、「モノ」としての生体のリアリズム、といったディテールです。このシンクロ感が『寄生獣』と同等かそれ以上に炸裂しそうな予感を強く感じます。
 『寄生獣』が典型ですが、このヒトの作り出す「温かさ」は、逆説的にも徹底した「冷たさ」から生まれています。岩明さんの描く人間は、どれもこれもとても「人間的」であるように見えながら、実はカキワリのように空虚です。まるで背景のようによそよそしいです。ですが、まさにその「モノ」っぽさゆえに彼の人間はリアルであり、そして人間のリアリティというのは、この徹底した去勢の向こうにしかありえないのです。
 クールで知力に長け、超人的でありながらどこかおちゃらけた主人公像も健在です。
 そして聖的で優美でありながら圧倒的なパワーを発揮する残忍な女性イメージ。これがまるで鼻につかないと言えば嘘になりますが、岩明さんが描くと納得させられるところがあります。

 この点は非常に重要なのでもう少し触れておくと、この母親的(もっとはっきり言えばファリック・マザー)イメージは、多くの少年・青年マンガに通底し、そしてもっと多くの現実の男たちの脳の中に確実にはびこっている幻想です。男性が様々な「個性」によって表象されるのに対し、その女は「女であること」(そして圧倒的な女であること)として扱われます。少なからぬフェミニストが糾弾するところであり、理知的には彼女たちの味方をしたくなります。
 しかし、これらの幻想を打ち払ってその向こうに何か物語が残りうるかというと、何もないのです。物語はすべて嘘です。「マンガは所詮嘘」と言っているのではなく、わたしたちが意味の連関として受け取るもの、広く言えば「起承転結」な因果的理解とは、すべてただの事実の連続に対して勝手なストーリーや意味を乗せただけのものでしかありません。男性は自らの作り出したファンタジーによって欲情するのであり、女そのものを欲望するのではありません(もちろんこのファンタジーを「自分が考えた」と思う男はいないですし、彼らにとってもファンタジーは他律的で選択不可能なものなのですが)。
 この現実に気付かなかったり、気付いていても気付かないフリをしているとしたら哀れマザコン坊やというだけで終わりですが、このバカバカしさ、「幻想の女性像」のアホらしさを重々知りながら「でも他に何があるんだ!?」となお「続き」をしようとする男たちはとても美しいです。そして極言すれば、「女」というものはこの悲しくも無理やり読み込み続けた物語の中にしか存在し得ないのです。男にとっても女にとっても選択の自由などないのです。
 あらゆる意味の嘘くささを知り、なおその意味の嘘を引き受けるとき、ヒトは自らの抹消と実現を同時に達成するのです。<わたし>はわたしらしくあり切れないことによって初めて<わたし>なのです(それを知らずに夢を語る者を坊やと言うw)。
 岩明均さんの超人的女性像が説得力を持つのは、彼がおそらくこの辺のことをキッチリ引き受けているからではないでしょうか。キッチリといっても、100パーセント完全に受け入れることなど誰にもできません(それができたら、多分その人はこの世にはいられないでしょう)。それでも十分合格です。
 大切なのは、虚無を虚無と知りながら、その虚無を使って小さな意味の幻燈をヒトに与えられるかどうかです。そこで伝えられる何かがあるか否かです。

 なんだか話がズレてしまってちっとも『ヒストリエ』のことが書けませんでしたが、続きが非常に楽しみです。
 まだ二巻までしか出ていませんが、是非チェックしてみてください。

追記:
3巻4巻まで発売されました。

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