アクティヴだからポジティヴとは限らない
最近「アクティヴな人」という評価をされることが何度かあって、そのたびに微妙に違和感を感じていました。わたしは確かに目立ちたがりな方だと思いますが、根は結構暗い、というかかなり暗黒な方だと自認しているからです。でもよく考えてみるとアクティヴだからポジティヴだとは限らないですよね。
アクティヴの反対はパッシヴですから、「アクティヴな人」というのは単に行動が能動的というだけのことです。その行動が物事を肯定的にとらえたものかはは別問題です。
連続通り魔殺人の犯人なんて、すごくネガティヴだけどめちゃくちゃアクティヴです。ちょっと尋常じゃない行動力でしょう。
殺意を抱くことと本当に殺すことの間には大きな大きな溝がある、というかあってくれないと困るもので、「殺す!」と思っても普通はせいぜいティッシュの箱を投げるくらいで終わるものです。この果てしない淵を飛び越えて物理的に人を突いたり切ったりする域にまで達したところからは、ただ怒りの大きさだけでは説明のつかない、強い意志と実行力の存在が伺えます。
この種の「むしろない方が良い行動力」については、確かに割と共感してしまうところあります。でも大きな声で言うと人格を疑われるので内緒にしておきます。
逆にすごくポジティヴだけれど受身、というのもあるでしょうね。
昔何かの四コママンガかで「世界の平和を祈っている宇宙人」というネタがありました。タコのような形の生き物が、手を合わせて「世界が平和でありますように」とお祈りしています。でも祈っているだけなので何も起こりません。ずっとずっと何も起こりません。
これってもしかすると、普通の「良い人」じゃないですか?
世間の大抵の人は、ちょっと悪いことをしても概ね善良なものなのではないかと思います。ただその善良さを元に行動を起こしたり、といったところまではいかないのです。田舎道でおばあさんが倒れたら助け起こしても、電車で席はゆずらない。それくらいのレベルです。ポジティヴだけどパッシヴです。
決して悪いことではないのでしょうけれど・・本音言うと、「ポジティヴだけどパッシヴ」な人よりは「ネガティヴだけどアクティヴ」な方に惹かれますね。この二つで比べている時点でどうかと思いますけれど。
「ポジティヴでかつアクティヴ」というのは、アフガン人民のために義勇兵になっちゃう人とかですかね。逆にネガティヴでパッシヴという人は、これはもう沢山いますよね。ココロ黒いけど実際に悪事を働くまでには至らない、という害のない暗い人。2ちゃんねるとかに。
そう思うと、「ポジティヴかネガティヴか」より「アクティヴかパッシヴか」の軸の方が大切な気がしてきました。
というのも、ポジティヴとかネガティヴというのは、結局価値判断の問題です。肯定的に見えたことが、後で考えると否定的なものだった、ということだってあるでしょう。良かれと思ってやったことでも、受け取る側には迷惑でしかないかもしれませんし、稀にはその逆の場合もあるでしょう。
ですから、結局行動の質を決めるのは、それが良いとか悪いとか、肯定的とか否定的とかいうことではなくて、純粋に量の部分、「どれだけ思いを形にできるか」なように思います。それがどんな思いであるにせよ、表現しなければないのと一緒ですし、何でもやってみなければ本当のことはわかりません。
さらに重要なこととして、やってみてることで何にせよ状況が動くということがあります。それがどういう結果につながるにせよ、ここで状況を動かすこと自体が、世界に参加することであり、生きた証を刻むことだと思います。
これは「アクティヴ」と言ってもらったことを肯定的にとらえようとする屁理屈でしょうかね。
まぁとりあえずわたしにとってはポジティヴなので、都合よくこのまま通しておきます。
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