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2006年05月17日

『UFOとポストモダン』木原善彦

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 『スピノザの世界』同様、この本も店頭で見かけて気になりながら読んでいませんでした。
 でも避けていた理由は少し違って、こちらは「要するに今時の新書でしょ」というナメかたをしていたからです。似非社会学っぽ匂いがした、というか。社会学の研究者には失礼ですが、ハッキリ言って偏見持ってます(笑)。
 ところが先日パラパラっと眺めてみたらジジェクを引いている箇所が目にとまって、気になって買ってしまいました。
 読んでみると、思っていたよりはずっと面白い本でした。

『UFOとポストモダン』木原善彦 平凡社新書『UFOとポストモダン』木原善彦 平凡社新書

 UFO神話や陰謀説に限らず、環境ホルモン、マイナスイオン、携帯電話や「有害電磁波」を巡る語らいについて、「科学的」真偽とは別のポイントで気になるものを感じながらうまく言説化できていなかった方は、是非一読されてみると良いと思います。

 非常に乱暴なまとめ方をしてしまうと「空飛ぶ円盤神話(1947-73)」「エイリアン神話(1973-95)」「ポストUFO神話(1995)」という時代区分を設定し、その構造的変遷を追っていくのですが、問題設定が極めて適切なため、単なる社会学崩れな言説とは明白に一線を画しています。大文字の他者>他者の他者>現実的なもの、という(ジジェク読者にはおなじみの)整理です。
 背景には露骨にラカンがあり、ジジェクならぬ「ラカンをUFOに援用」話とも言えるのですが、ラカンに振り回されていないところに地力があります(実は、ジジェクの長所も、VIVAラカンなようでラカンを面白く使うことしか考えていないところにあるでしょう)。
 個人的に非常に面白いと思ったのは、トマス・クーンを始めとする科学論の問題が絡めてあったことです。科学論とUFO神話は当然クロスするのですが、これがラカンと交わるというのは新鮮でした。
 上の三段階は「素朴実在論>相対論>実在論」という回帰としても読めます。「目の前の具体物からイメージを習得>イメージから象徴的構造を抽出>再び今この世界の中で具体的なポジションを宣言」と言えば良いでしょうか。
 この構造については「〈飛び出す〉倫理」などで書いたこともあるのですが、例えばわたしたちは、三角形の概念を教科書に描かれた三角形の図などを通じて学びます。しかし三角形は二次元の幾何学図形なわけですから、わたしたちの住む世界には絶対に存在しません。教科書の「三角形」など、厳密には三角形とは縁もゆかりもないぐちゃぐちゃな立体図形にすぎません。一度習得してしまうと、教科書の図形などは必要なくなり、純粋な幾何学上の定義だけで三角形という概念を援用できるようになります(相対化・象徴的構造の抽出)。
 非常に面白いのは、わたしたちは常にこの三角形とは全然関係ない立体図形からしか三角形を学習できない、ということです(一部の天才的な子供を除く)。さらに、この三角形の概念を援用して行った「何事か」を一つの行為者agentとして実現しようとすると、再び三角形とはまるで関係ない汚い具体物に手を染めることになります。
 武道で言えば「守・破・離」ですね(笑)。
 で、科学論がひかれているのは、実在論的な科学者vs相対論的な科学論者、という図式がこの変遷を語るのにとてもしっくりくるからです。科学論者は三段階の二番目が出番ですね。シミュラークル的な場。
 ジェンダー・セクシュアリティやフェミニズムで言えば、社会構築主義バリバリの時代が丁度呼応します。90年代以降に「ゲイ遺伝子」問題などを巡り激しい医学化のバックラッシュが始まりましたが、「ポストUFO神話」的なモノの逆襲だと考えれば理解しやすいでしょう。

 一つひねくれたことをツッコめば、こうして三段階を設定してはいるものの(もちろんこれが語りの上での道具立てに過ぎないことは折込済みでしょう)、この発想自体が、「エイリアン神話」時代に育った者独特の「相対主義」に根ざしている、ということです。正確には、「陰謀」的大きな物語の有効性が崩壊し、グロテスクなものが剥き出しになっていくプロセスをなす術もなく眺めていた「子供たち」の発想です。
 正にY2K問題も取り上げられているのですが、1999年7月にも2000年のお正月にも何も起こらなかったあの感じ、起こると思っていて起こらなかったのではなく「多分何も起こらないだろう」と思っていたら本当に何も起こらなかった、という絶望的なリアリティを生きてしまった者たちの視点です。
 東欧が崩壊した時、「本来」であればその向こうから物語が出てくるはずでした。ところが実際には何も現れず、ただ物質だけが機械仕掛けの砂漠のように続いていただけでした。そこには何の目的も理由もありませんでした。
 上の世代には、この「何もなさ」の無気味さをそもそも感じられない人も沢山いたでしょう。もう少し下の世代のある人々は、「何もなさ」自体を認められず、強引に物語を読み込もうとしました。そして物語に執着するこの人たちを、「そういうものなのか」と眺めていた子供がいます。この子供たちは、(残念ながら)物語にどっぷりと浸ることはありませんでしたが、人が物語に取り付かれ振り回せれることだけはよく知っています。
 丁度その辺りにヒットしているわたしとしては共感できてしまうのですが、もしかすると今の十代まで行ってしまうと、しっくりこないものなのかもしれません。

 瑣末な雑学的要素として、水道水のフッ素添加にまつわる下りはまったく知識を持っていなかったので、興味深かったです。これは読んでのお楽しみ(笑)。

 とりあえず、ジジェク好きな大学生とかは安心して読んで大丈夫です。年寄りで実は元ラカン読み、なわたしと同じ卑屈で落ちぶれた人種は、カバーをつけて恥ずかしそうに読みましょう(笑)。
 逆にこの本を読んで「うわ、こういう見方もあるのか!」と思った方におススメできるのは、まず科学論では、

科学論の展開-科学と呼ばれているのは何なのか?『科学論の展開-科学と呼ばれているのは何なのか?』

 定番中の定番です。科学論・科学史というものに初めて触れる方にはぴったりで、わたしも大学一年か二年のときに科学論概論の授業で読みました(笑)。

 ジジェクについては色々複雑ですが、この本のノリが面白くて、その続きでジジェクってヤツも読んでみようかなぁ、くらいの方にはこの辺り。

『汝の症候を楽しめ-ハリウッドvsラカン』『汝の症候を楽しめ-ハリウッドvsラカン』

 一番とっつきやすいのではないかと思います。
 ジジェクについては「『イラク』スラヴォイ・ジジェク 」などでも触れていますので、参考にしてみてください。

 ラカンに取り掛かろう、という根性のある方は、

精神分析の四基本概念『精神分析の四基本概念』

 これが一番適切な入り口だと思いますが、それでも全然入りやすくないです(笑)。本当に好きな方にしかおススメしません。好きな人間にとってはこれ以上にエロい本もなかなかないのですけれど。
 入門書としては、

『ラカンの精神分析』新宮一成『ラカンの精神分析』新宮一成

 が名著でかつポピュラーです。
 やや対象aに偏った解説になっていますが、これだけわかりやすければお釣りが来ます。


関連記事:
「『イラク』スラヴォイ・ジジェク 」
「寛容と理解を踏みにじれ 」
「わかることとわからないこと 意味・理解・翻訳」
「決めてもらうこと、決めること、知っていると想定される主体」
「バイクと身体、バラバラだったわたしの思いで」
「通り抜けと桜 貨幣、禁止」
「とりかえしのつかないこと、「どうしてこんなことになってしまったのか」」
「マイナスイオンはインチキか」

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