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2006年06月16日

『ウィトゲンシュタインはこう考えた』鬼界彰夫

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『ウィトゲンシュタインはこう考えた』鬼界彰夫

 これはなかなかすごい本でした。

 ウィトゲンシュタインの「著書」としてまとめられているテクストを、いくつかの「スレッド」の並走として解析、一見アフォリズム的・断章的な独特の文章構成を非常に明快に整理しています。とりわけ『探求』について、これほど親切に解説してくれている書籍というのはまずないのではないかと思います。
 「『論考』はともかく『探求』は結局何が言いたいのかさっぱりわかんないよ!」と思っていながら恥ずかしくて口に出せなかった人は結構多いのではないでしょうか。ハイ、わたしです。というより、正直『探求』にこんなにちゃんとした流れがあること自体、信じていませんでした。

 アマゾンのレビューで「永井均さんの『ウィトゲンシュタイン入門』の次に読む本」といった紹介をされている方がいらっしゃいましたが、初心者にはわかりやすい流れでしょうね。ちなみに『ウィトゲンシュタイン入門』も名著で、確か大学三年のときに薦めてくれた研究室の先輩には今でも感謝しています。
 当然ながら、なるべく原典に近い形でウィトゲンシュタイン自体を読むことが必要ですが、かく言うわたしもドイツ語はラジオ講座を一年やっただけで、とても原書でなど読めません(笑)。『論考』は英訳と邦訳を併読しました。

 ウィトゲンシュタインについては、ガチガチにアカデミックに扱ったもの(特に「前期」もの)か、「人間ウィトゲンシュタイン」的視点のものと二極分化しているきらいがあるように思うのですが、少なくとも後者には疑問です。
 確かにウィトゲンシュタインという人物は人間的に非常に魅力的で、おもしろエピソードもたくさんあります。そして、それ自体を「哲学」と切り離して楽しむのは、悪いことではないでしょう。
 危険なのは、彼の人間性にウィトゲンシュタインの「哲学」を還元して考えてしまうことです。
 「自然主義的」還元が優勢な時代だけに、「変人の書いた本」でオチをつけられてしまってはたまりません。

 とはいえ、狭義の人格や性格とは別に、彼の住んでいた世界と哲学が分離しきれるわけもありません。哲学から精神分析に興味の対象を移行させていったヒトとしても、多いに関心のあるところです。
 『ウィトゲンシュタインはこう考えた』の第三部はウィトゲンシュタインの生の哲学に当てられていて、大変興味深かったです。生を巡る思考(とりわけトルストイ『要約福音書』の影響)と言語を巡る思考の連関が、心理学的還元に陥ることなくタイトに整理されています。こういう「溢れ出る想いをストイックにまとめ、かつ輝きを殺さない」仕事をカッチリやっていただけるなら、大学人も多いに尊敬できます。

 ウィトゲンシュタインについていつも心配になるのは、「後期」の自然主義的思想が「結局正しい」みたいな受け取られ方をしてしまわないだろうか、ということです。
 彼の「哲学」は世に言う意味で子供的なものから大人的なものへとわかりやすく変遷しているので、「まず行為ありき」な自然主義的スタンスが「答え」で、それさえ信じていればオッケー、となってしまっては元も子もないと思うのです。
 「後期」にしても、あくまであの正気の沙汰とは思えない「前期」の内圧あってこその価値があるのであり、上澄みだけかすみ取っては自然科学者が科学論者に対してふりかざすナイーヴな帰納主義同然となってしまいます。
 それをサイエンティストだけがやっているならまだ良いのですが、市井の人間一般がそのような「法則の無さ」「演繹的思考の無力」に洗脳されきってしまっているのが怖いのです。
 別段自然主義的態度を否定しようというのではなく、結論なんてどっちでも良いのですが、その本当の値打ちはパラノイア的演繹の末にようやく発見できるものです。この辺りに免疫がないヒトが、カルト的なもの(演繹的パラノイア)にあっさりヤラれてしまうのではないか、とニワカ社会派くさいことを考えてしまったり。

 ウィトゲンシュタインは一歩も譲らなかったんですよ。
 それ自体としてのロジックから目をそらさないことで見出される「法則の無さ」だけが、良きリアリズム、無いものを無いというリアリズムです。
 永井さんがウィトゲンシュタインと並んでニーチェに関心を示すのもよくわかります。

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