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2007年01月18日

エリック・ホッファー、田舎暮らし幻想、「住めば都」

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 生涯を季節労働者や沖仲仕(おきなかし、港湾労働者のこと)として生業を得ながら、読書と著作活動を続けた哲人として知られるエリック・ホッファー。最近『人間とは何か』という著書を手に取ったところ、「都市と自然」という章にこんな一節がありました。

(渡り農夫等の自然に密着した労働を続ける中で)人間はこの地球上にあって永遠の異邦人であることに、はじめは漠然と、それからより明確に、私は気付いた。(・・・)都市が人間にとって最適の創造的環境であることは極めて明白であり、自己との対話でさえ、偉大な自然の中でよりも雑踏と騒音に満ちた都市の中での方がしやすい。都市の外には真の孤独はありはしない。(・・・)  アメリカでは、特に教育のある人びとの間に、浪漫的な自然崇拝が見られる。(・・・)わたしの感じでは、アメリカの教育のある人びとは、ヨーロッパ文学によって自然に対する態度を形成したために、偏った見方をするようになった。ヨーロッパの自然は世界でもっともよく飼い慣らされている。人間と自然があれほど信頼しあっているところはない。

 またその前の「都市の誕生」章では、農耕の起源を村落に見る立場に異議を唱え、以下のように記しています。

何か新奇なことが村で始まったなどということを耳にした者はいないはずである。(・・・) 自然に密着して生活している人びとにとっては、絶えずより新しくよりよいものを求め続ける姿勢は、ほとんど無縁である。彼らは似たようなできごとが際限なく反復生起する状況に浸り切っている。(・・・) 創造的環境の特徴は、かなりの余暇が存在すること、遊びの衝動を抑えてしまうような切迫した必要が存在しないこと、そしてまた異なる習慣や性向を持った人びとの交渉が存在することにある。こうした条件を備えた環境に多少なりとも似たような状況が、いったい村にあるものであろうか。

 こうした「自然崇拝批判」は今となっては目新しいものではなく、ナイーヴなエコロジーを批判する際にも援用されています。
 確か安部公房もどこかで似たようなことを言っていた記憶があります。エリック・ホッファーは労働者として大自然と格闘し、安部公房は旧満州の出身で「砂漠対都市」という構図が根底にあります。どちらも(わたしを初めとする)ひ弱な現代日本人が想像もできないようなリアルな「自然」と対決した経験から、安易な自然崇拝を疑っているのでしょう。
 もちろん自然保護の主張のすべてが単純な自然崇拝から生まれているわけではないですし、また過剰な破壊により「自然」の反撃を食らってしまうことが喜ばしいわけはありません。しかしその場合でも、結局は「自然」を「生かさぬように殺さぬように」管理することこそ理想のはずで、イキイキしまくられてしまったら人間が安心して住める空間など残っていません。
 ただ「地球環境」などが相手になると、家畜の飼育等に比べてパラメータが大量・複雑すぎ、どこを押したら何が出るやらよくわからないことになります。この圧倒的なわけのわからなさも、思考停止の一つとしての自然崇拝の一起源となっているように感じます。
 東京に暮らしていると確かに「自然」が恋しくなり、「田舎暮らし」に憧れる気分にもなります。その勢いだけで田舎暮らしを始めてしまう人もいないでしょうが、都市に住むことで知らずに受け取っている多大な恩恵、自分が本当にひ弱な人間であることを忘れないようにしたいものです。
 以前ラジオをぼんやり聴いていたところ「『住めば都』と言うけれど、逆に言えば原則としてやっぱり都が一番ということ」というトークが聞こえて「うまいこと言うなぁ」と思ってしまったことがあります。

 ちなみにエリック・ホッファーでは『エリック・ホッファー自伝―構想された真実』も読みましたが、読み物としてはこちらの方がグッと面白いです。
 八歳で失明、十五歳で突然目が見えるようになり、学校教育を受けずに放浪生活をしながら膨大な読書を通じて学識を得、著作活動を続けたエリック・ホッファー。こういう生き方に安易に憧れてしまったり、やたら持ち上げる向きにはかなり疑問があるのですが、今時そんなナイーヴな発想をするのは救いようのない田舎者だけでしょうし、ホッファー自身は確かに興味深い人物です。
 70年代のアメリカで人気になり「在野の哲学者」のようなイメージがありますが、少なくともわたしの基準ではこういうものは「哲学」ではないし、そんな堅苦しいものでもありません。「面白くて学のあるオジサンの不思議な人生」の物語です。
 印象的なのは思索の深さというより、文章の上手さです。どことなく村上春樹の小説を思わせる乾燥していながらグイグイ惹き付ける筆力には脱帽です。
 特に「羊飼いアブナーの末路」というエピソードが大好きです。このエピソード一つで良質の短編小説になっています。

『エリック・ホッファー自伝―構想された真実』 エリックホッファー EricHoffer 中本義彦『エリック・ホッファー自伝―構想された真実』 エリック・ホッファー

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