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2007年02月10日

『天才と分裂病の進化論』 脂肪酸と進化

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 久々に素晴らしいヒットでした。めちゃくちゃ面白かったです。

『天才と分裂病の進化論』 デイヴィッドホロビン DavidHorrobin 金沢泰子『天才と分裂病の進化論』 デイヴィッド・ホロビン

 人類の進化には脂肪酸が重要な役割を果たしており、その「創造的知的躍進」は「分裂病ゲノム」と関与している。そして統合失調症の現代における重篤化も脂質が鍵になっており、多価不飽和脂肪酸の利用が治療への道筋をつけるかもしれない、という大胆な内容です。
 これだけ書くとオカルト的な本だと思われてしまいそうで、確かにところどころ飛躍ぎみな箇所はあるのですが、全般的には生化学に基礎付けられた堅実な論調です(筆者は英国分裂病協会医療顧問のドクター)。それでいてグイグイ引き込む筆力があり、化学的記述があっても一般人に付いていけないレベルではなく、一気に読み通してしまいました。
 ただ『天才と分裂病の進化論』というタイトルはちょっと違う気もします。原題もThe Madness of Adam & Eve --How Schizophrenia Shaped Humanityと扇情的なのですが、『脂肪酸と進化』とでも題した方が内容をよく表していたでしょう。売り上げが三倍くらい違っていたと思うので、これはこれでマーケティング的に正解だとは思いますが・・・。
 前半は人類の進化に脂肪酸が果たした役割、統合失調症(本書は訳語の転換期に翻訳されたため「分裂病」と表記していますが、このエントリでは「統合失調症」としておきます)については主に後半で語られます。個人的に統合失調症関連の記述を期待していたのですが、むしろ進化の物語の方が面白かったです。

 一般に人類と類人猿の差異として挙げられるのは、まず知的能力、脳の大きさ、そして言語や道具の使用といったその機能面でしょう。身体面では直立二足歩行が着眼され、これがもたらしたパースペクティヴ、両手の自由が「直立>両手を使う>脳が進化」というロジックの中で指摘されます。しかし直立二足歩行の開始と脳の肥大化は年代的には大きく離れています。本書が注目しているのは脂肪です。
 人間は比較的痩せていても皮下脂肪の蓄積が見られ、特に胸と臀部への蓄積が特徴となっています。毛皮の代わりにこれらが寒さから守ってくれているのです。そして体重に比して大きな質量を持つ脳、これもほとんど脂肪からできています。
 脳の増大原因となった選択圧には様々な仮説が提出されています。サバンナで狩りをするために必要だった、集団を維持するコミュニケーション能力のため、等々。しかしこれらは人類独特の選択圧ではないですし、そもそも選択圧だけでは進化は起こりません(環境因子は既に発現した突然変異をふるいにかけるだけ)。
 では、フィルタにかけられて選択された「特別な脳」を作り上げたそもそもの始まりはなんだったのでしょう。筆者は水辺の暮らしにおける水棲生物の摂取による脂肪の蓄積を指摘します。人類はサバンナではなく水と陸の境目で生まれた、というのです。人間は絶食しても一ヶ月程度は生き抜ける、と言われていますが、水なしでは数日で死に至ります。発汗という体温調節法、尿の濃縮が効率的でないためです。確かに、灼熱のサバンナよりは水辺の方が人間の生き易い環境でしょう。一方、裸の身体に脂肪による浮力、という組み合わせは泳ぎに有利ですし、また言語能力の基礎となる呼吸の操作にも関連します(人間は呼吸を操作する胸部までの神経が特別太い)。
 そして脳の情報処理でも重要な役割を果たしているのが脂肪酸です。そのメカニズムの概説は本書に任せるとして、要はニューロンの様々なメカニズムのスイッチを入れたり切ったり、出力を調整したりしてくれています。中でもアラキドン酸・ドコサヘキサエン酸といった高度多価不飽和脂肪酸は極めて大切な働きをしており、体内で合成できないため「必須脂肪酸」とされています。

 多価不飽和脂肪酸についてはこのブログでも何度か触れてきました(「n-3系多価不飽和脂肪酸 しそ油と亜麻仁油」など)。
 人間の摂取する脂肪酸には大きく分けて飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸があります。脂肪酸とは炭化水素鎖にカルボキシル基がくっついたものですが、この炭化水素鎖に二重結合がないものが飽和脂肪酸、あるものが不飽和脂肪酸です。
 飽和脂肪酸は牛肉やラードに多く含まれるもので、コレステロール値を上げたり動脈硬化の原因となったり、色々ワルモノです。
 不飽和脂肪酸は二重結合の数と位置によって単価不飽和脂肪酸、多価値不飽和脂肪酸に分けられます。
 二重結合が一つだけある単価不飽和脂肪酸の代表は、オリーブ油で有名なオレイン酸。ただ、これは体内で合成できるため必須脂肪酸ではありません。
 多価不飽和脂肪酸は、メチル基(カルボキシル基の反対側)から数えて何個目に二重結合があるかによってn-3、n-6系統に分けられ(単価不飽和脂肪酸のオレイン酸はn-9)、体内では互いの相互変換ができません。つまりn-3(オメガ3)とn-6(オメガ6)の不飽和脂肪酸はどちらも適量を摂取する必要があるのです。
 n-3系では、
  αリノレン酸 > エイコサペンタエン酸(EPA)ドコサヘキサエン酸(DHA)
 n-6系では
  リノール酸 > アラキドン酸
 という変換が可能で、脳で使われるのは変換後のより高度な(二重結合の数が多い)多価不飽和脂肪酸です。ですからαリノレン酸とリノール酸さえ摂っておけば生きていけるわけですが、この変換には時間がかかるため、筆者はアラキドン酸はドコサヘキサエン酸を直接摂取する重要性を指摘しています。
 この重要なアラキドン酸やドコサヘキサエン酸を多く含むのが水棲生物です。エイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)が青魚に多く含まれているのは有名です。

 一方、人類は歴史の過程でこれらをどんどん摂取しない方向に進んできました。
 最初の変化は狩猟・採集生活から農耕への移行。この段階で、高度多価不飽和脂肪酸の摂取量がガクンと減ります。植物由来の必須脂肪酸はαリノレン酸かリノール酸がほとんどだからです。
 ちなみに穀物のたんぱく質のもたらす害毒についても本書では触れられているのですが、小麦タンパクの問題については本ブログでも「エネッセパン、エズキエルパンとは」で取り上げたことがあります。血液型ダイエットではO型は古い狩猟・採集型なので穀物を控えよ、というこれ自体はネタっぽい話なのですが、バチバチっとリンクしてきます。
 そして産業革命。ここでさらに必須脂肪酸の摂取量が減り、脂肪酸の質自体がひどくなります。加工・保存しやすい飽和脂肪酸の割合が増え、不飽和脂肪酸の摂取量、特にn-3系不飽和脂肪酸の摂取量がさらに減少したのです。

 現代のわたしたちの生活では、脂肪というととにかくワルモノです。ですが、重要なのは脂肪酸の内容です。
 飽和脂肪酸は言うに及ばず、n-6系脂肪酸についても不足するということはありません。n-3系の相対量が著しく少ないことが問題です。
 n-6系は免疫系を過敏にし、一方n-3系は沈静化する、という相補的な関係にあるため、アレルギーやアトピー等もn-6系脂肪酸への偏りが一因ではないか、という説もあるくらいです。
 本書は「健康本」ではないですし、n-3系脂肪酸による統合失調症治療については語られていますが、それ以上のことは触れていません。ですから、本書の主題からはちょっと離れてしまうのですが、単なる個人的関心から食生活の改善について先に語らせてもらいます。
 言うまでもなく「魚を食べれば頭が良くなる」というほど単純な話ではありません。「レプチン、アディポネクチン、褐色脂肪細胞」で紹介した『人はなぜ太るのか』という本でも強調されていましたが、脂肪の代謝は非常に複雑で、まだよくわかっていないところが多いのです。
 ただ少なくともわたしたちの脂肪摂取が過多だけでなくバランス的にも崩れているのは明らかですから、少しでも補正していきたいと考えるのが普通でしょう。
 それでも、まず第一に考えるべきは「n-3系を摂ること」ではなく「飽和脂肪酸やn-6系を摂らないこと」でしょう。わたしは肉と揚げ物は原則して食べず、乳製品もほとんど口にしませんが、加工食品も含めるとこれらを避け切ることはかなり困難です。そこまで徹底してもかえってストレスになるだけなのでする気もないのですが、これくらい避けてそれでも入ってきてしまうくらいで丁度ではないかと思っています。というか、たまに反動でジャンクを貪ってしまって全部パーなのですが、それは単にわたしがダメ人間なせいなので、そっとしておいてやってください。
 そしてn-3系。一番良いのはやはりエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)を直接摂ることでしょう。
 青魚に多く含まれるのは前述の通りなのですが、脂肪酸は不飽和度が高いほど酸化されやすいという難点があり、新鮮なお魚をできるだけ生で食べるようにしないといけません。加工したお魚では干物よりは缶詰の方がベター(「冷凍・缶詰の魚でもEPA DHAは摂れるか」 参照)。
 エイコサペンタエン酸(EPA)・ドコサヘキサエン酸(DHA)に準ずる脂肪酸としては、体内でこれらに変換できるαリノレン酸があります。
 菜種油やゴマ油・大豆油といった一般の植物油はリノール酸中心で、αリノレン酸は少量しか含まれていません。
 αリノレン酸を多く含む油としては、しそ油と亜麻仁油があります。しそ油の方がちょっとだけ優秀。
 前述のエントリでも書いていますが、両方使ってみた感想としては、亜麻仁油の方が風味があって好きです。クセがないのはしそ油。
 欠点としては、やはり酸化しやすいこと。そのため加熱調理には向きません。ドレッシングなど、生のまま使うのが良いでしょう。冷蔵庫で保存するのも忘れずに。

 こうしてみると、確かに現代の生活の中でn-3系を摂りn-6系や飽和脂肪酸を避けるのはなかなか厳しいです。「加熱調理に使えないんじゃ炒めものはどうするの」とツッコまれそうですが、一番良いのはn-9系単価不飽和脂肪酸のオリーブ油でしょう。
 結論としては、

①肉類や乳製品を極力避ける
②タンパク源は魚から。なるべく生で。ダメなら缶詰
③揚げ物は論外
④加熱しない油はしそ油か亜麻仁油
⑤加熱する油はオリーブ油

 という方針になります。
 ご家族のいる方だとこんなポリシーを貫くのはなかなか厳しいと思いますが、やってみると結構油なしでもなんとかなるものです。我が家にはそもそも「加熱用の油」が存在しません。

 ・・・って、進化と統合失調症の話のつもりがすっかり食べ物で終わってしまったので、統合失調症関係は別のエントリに分けます。

亜麻仁油


しそ油

関連記事:
「n-3系多価不飽和脂肪酸 しそ油と亜麻仁油比較」
「冷凍・缶詰の魚でもEPA DHAは摂れるか」
「エゴマ油でダイエットできるか α-リノレン酸、リノール酸、オレイン酸」

 このエントリのカテゴリ、文学・思想にしておきましたが、むしろダイエット・食と健康だったかもしれませんね・・。

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