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2007年03月28日

『アメリカの中のイスラーム』 大類久恵

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『アメリカの中のイスラーム』 大類久恵『アメリカの中のイスラーム』 大類久恵

 書店でざざーっとタイトルを眺めていて、すぐ目に飛び込んできた一冊。
 「アメリカの中のイスラーム」。
 日本におけるイスラームに比べればずっとメジャーな存在のはずなのに、そう言われると何も知りません。
 ほとんどの方がすぐに連想するのは、マルコムXでしょう。本書の中でも丸々一章が割かれています。
 でも、そこから先に連想が進みません。本書は大変わかりやすくアメリカにおけるイスラームの歴史を眺めることができて、得るところ大でした。

 冒頭一章は「現代アメリカにおけるイスラーム」と題し、アメリカのムスリム世論調査の結果が示されています。このような統計的調査が続く本なのかな?と思いきや、二章以降は一転して歴史のお話になり、しかもコレが素晴らしく面白いです。
 特に83ページのアメリカのイスラーム組織図は永久保存版でしょう(笑)。
 余りにも無知だったので、自分用のメモに超乱暴にまとめておきます。

・アメリカ合衆国へのイスラーム伝播は、「奴隷の中にいた隠れムスリム」「移民労働者のムスリム」「黒人イスラーム運動によるイスラームへの改宗」の三つが考えられるが、うち一つ目はイスラームとしての流れにはならなかったため、実質二つ。日本同様、二十世紀になりイスラームが到達した「メッカから最も遠い地」の一つである。

・「移民ムスリム」は主流派に溶け込む傾向が強かったため、一定の数を保ちながらもイスラームとしての目だった行動を取ることはなかった。

・一方「黒人イスラーム運動」は、黒人運動がそのアイデンティティの礎としてイスラームを掲げたものである。これは元々キリスト教徒等であった黒人をイスラームに改宗させ組織化するものであった。

・黒人イスラーム運動にもいくつかの流れがあるが、特に目を引くのは1930年代のデトロイドを発祥とする「ネイション・オブ・イスラーム(NOI)」である。謎の行商人ファードを始祖とするが、ファード自身は1933年頃に失踪、その後継者エライジャ・ムハンマドの手により大きく勢力を拡大した。
 ムハンマドはファードを神の化身、自らを預言者と位置づけ、白人と黒人の起源に関するカルト的な教義を奉じ、白人を「白い悪魔」とした。つまりイスラームというよりイスラームをベースとした一種の新興宗教であったが、当時の黒人の不満や喪失感をよく吸収する役割を果たした(教義の中には過激なものもあるが、必ずしも暴力的行動に走ったわけではない)。

・マルコムXは貧しい黒人分離主義者(イスラームとは無関係)の子として生まれ、反社会的な遍歴の末強盗の罪で収監される。獄中でNOIのムハンマドの教えに触れたマルコムは大いに感化され、生活習慣を改めひたすら図書館で勉強、模範的囚人として仮釈放される。その後組織の重鎮となるが、NOIのイスラームが「本当のイスラーム」ではないことに疑問を抱き始め、最終的にNOIを離脱。しかしそれから一年を経ずして凶弾に倒れてしまう。

・NOIはムハンマドの死後、第七子ウォレス(後にワリス・ディーン・モハンメドと改名)により継承される。幼児からアラビア語とクルアーンを学んだウォレスは父の教えに疑問を抱くようになり、離脱と再加入を繰り返す。しかし最終的には父の死後NOIを継承、組織を大きく改革する。ファードを神とする教義や黒人選民思想・分離主義を改め、「世界イスラーム共同体(WCIW)」と改称(現在の「アメリカ・ムスリム・ミッション」)、アラブ・イスラーム社会との交流を深め、アメリカにおけるスンナ派ムスリムとして世界宗教としてのイスラームに合流させることに成功した。

・一方、ウォレスの改革を良しとしない勢力がいくつか「本来のNOI」として分離。その主たる勢力ファラカンのNOIは黒人選民思想を引き継ぎ、インナーシティ(スラム化した人口密集地)におけるエイズや麻薬使用の撲滅など、現実的活動により貧困層黒人の支持を集める。その後は一部の過激な思想を改め、現在はWCIWとも和解している。


 黒人イスラーム運動というと、過激な活動を連想してしまうのですが、実体としては別段暴力的なものではありません。一部の極端な思想にしても、ある階層の人びとの心を癒すには必要なもの、と思えます。
 本書中でも社会学者ローレンス・マミヤによる「黒人ムスリムの二極化」という指摘が引用されていますが、旧NOI会員層が勤勉により中産階級へと移行、より穏健な思想が必要になった一方、依然として残る最貧層の人びとには、また別の「応急措置的」思想が求められていた、と言えます。
 宗教というと世俗と分離して教義の内容そのものを吟味、非合理的などと非難してしまう傾向がありますが、宗教思想は日々の生活と不分離であり、社会階層が異なれば違う思想が求められ、その中には一見荒唐無稽なものがあるのも致し方ないでしょう。そういう「馬鹿げた」考えでも、若者を厚生させ一市民として平凡に生きさせる力があるなら、どんな「合理的」理論より奉じるに足るものであると思います。
 一方、このような思想が「正当」なイスラーム教育を受けてきた移民ムスリムにとって困ったものであるのもわかります。彼らの「歪んだ」教えのお陰で、イスラームが過激なものとして受け取られてしまったり、黒人のものであるかのような誤解を受けかねないからです。この辺りの経緯についても、本書のお陰で非常に頭を整理できました。


 個人的に特に感銘を受けたのは、現アメリカ・ムスリム・ミッションのモハンメドです。
 マルコムXのような華はありませんが、父の教えに疑問を抱きながらも組織を受け継ぎ、多くの黒人会衆をスンナ派ムスリムとしてソフト・ランディングさせた功績は素晴らしいです。

関連記事:
「日本のムスリム社会、日本人ムスリム」
「『イスラーム戦争の時代』 内藤正典」
「中東イスラーム民族史―競合するアラブ、イラン、トルコ」

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