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2007年04月03日

『火星の人類学者』 オリヴァー・サックス

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『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』 オリヴァーサックス OliverSacks 吉田利子『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』 オリヴァー・サックス

 『レナードの朝』で知られるオリヴァー・サックスが七人の患者について綴る医学エッセイ。
 大変有名なのであまり期待せずに読んだのですが(天邪鬼)、予想に反して素晴らしい本でした。
 「面白かった」というより「素晴らしかった」と書きたい。そういう作品です。

 個人的に特に惹かれたのは、五十歳を過ぎてからほぼ初めて視力を手に入れたヴァージル、病気をきっかけに故郷ポンティトについてしか語らなくなり、写真のような正確さでポンティトの絵を描き続けるフランコ・マニャーニ、そして本書のタイトル「火星の人類学者」、つまり「異星から人間を観察するようにして人間たちのありようを理解するしかない者」として自らを評する自閉症の動物学者テンプル・グランディン。

 ヴァージルは「見える」世界に馴染むことができず、再度の発病により視力のない世界へと帰っていきます。
 彼のように一定の年齢になってから視力を獲得した患者さんの場合、目の機能自体が「正常」になったとしても、視界を統御する様々な脳の機能が未発達であるため、「普通の人」のように見ることは困難です。同じような患者さんの「さあ、触ったからもう見えるよ」という台詞が紹介されていますが、慣れ親しんだ触覚による認識があって初めて物体を正確に認識できる、という状態からなかなか脱することができないようです。
 このような患者さんは、視力を獲得した狂躁的時期を過ぎた後、深刻な「モチヴェーション・クライシス」や抑うつを経験し、場合によってはこれを乗り越えられない、と言います。「見える」ようになった悦びはあっても、健常者のように見えるわけでもなく、周囲ももう「盲人」としては扱ってくれません。
 「他人事と思わせない」のはサックスの筆力によるところが大でしょうが、個人的にかなり似た経験をしていて、鋭利なもので胸をえぐられるような気持ちになりました。「盲人」がものを見えるのは素晴らしいけれど、それはあくまで「盲人」の基準で考えた時です。このスタンダードを失ってしまうと、そこには「見えることは見えるけれど、触って確かめないと自信も持てない中途半端な障害者」がいるだけです。あぁ、他人事じゃない・・・。

 そしてテンプル・グランディン。
 彼女は素晴らしい。本当に素晴らしい。何人かの大切な旧友に、なんとしても彼女のことを知って欲しい。
 数値的分析については卓越した才能を発揮しながらも、人間の社会的な心の機微が理解できず、心の「ライブラリ」を作ることで人間社会への適応を図ったグランディン。人間よりも家畜の心情を理解でき、人間の行動を観察し真似るがその内面を感じることはできない「スター・トレック」のデータに惹かれる、と彼女は言います。
 これも本当に他人事じゃないです。
 わたしは自閉症ではありませんし、多分アスペルガー症候群というほどのものもありません。
 ただ、人間の社会的行動がうまく理解できず、また例えば「畏敬」という感情を人びとがある種の情景に対して抱く、ということはわかってもその感覚自体がよくわからない、というのは子供の頃から引きずっています。彼女には遠く及ばないものの、同様に「ライブラリ」を詳細化することで対応してきましたし、常に自分がニセモノであり、人間たちの中に紛れ込んでしまっている、という感覚に苛まれています。
 「内面」がよくわからない分、とにかく形を積み上げることに執心してきました。その後の様々な事情も加わり、つくづく自分は「サイボーグ」だと思います。よく「外国人」として自分を感じるのですが(多分、地上のどこにも母国はない)、「火星の人類学者」という彼女の自己イメージはわたしにもしっくり来ます。
 もう、人間は本当に複雑でよくわかりません。
 なぜ明示的に伝えてもいないことを彼・彼女らがああもたくみに察することができるのか、今現在でもさっぱりわかりません。
 そういえば、小学生の時、スイミングスクールになぜ更衣室が二つあるのかわかりませんでした。違いが認識できず、適当にどちらかを使っていて、ある時お母さんにしかられて初めて知識として「違い」を知りました。そういえば確かに片方に入った時に周囲の様子がちょっとおかしかったのですけれど・・・。

 自閉症まで行くと極端ですが、どこかこういう「気付かない」人々というのに惹かれます。
 自分自身に「気付く」能力が欠けているからかもしれませんが、わたしの知らないところで勝手にわたしの「内面」が想定され、読解されていくのではないか、という恐怖が常にあります。
 その点「気付かない」人や動物には非常に安心感を覚えます。
 「気付かない」人は美しいです。地球人どものわけのわからない慣習に汚染されていないからです。

 テンプル・グランディンでもう一つ印象深いのは、彼女の開発した「だっこ器」です。
 彼女は子供の頃、強く抱きしめられることを渇望していましたが、同時に取り込まれてしまうような恐怖を感じた、と言います。
 そこで成人後、身体を強く抱きしめる「だっこ器」を考え出し、これで圧迫を受けることにより安心感を得ているそうです。機械であれば取り込まれてしまう不安も無用だからです。
 切ないです。
 そして「だっこ器」、わたしも一つ欲しいです。

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