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2007年04月06日

『左足をとりもどすまで』 オリバー・サックス

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『左足をとりもどすまで』 オリバー・サックス 金沢泰子

 『火星の人類学者』が非常に面白かったので、続けて読んだオリヴァー・サックス二冊目。ちなみに翻訳者はこれも絶賛した『天才と分裂病の進化論』の金沢泰子さんです。
 サックス自身がノルウェーの山中で大怪我を負い、そこから回復に至るまでを綴った書。手術自体はうまくいったのですが、左足の感覚が戻りません。単に触覚がない、ということではなく「そこに左足がある」という感覚自体が失われる(丁度幻肢の反対)という状態に陥ったそうです。
 期待して読んだのですが、『火星の人類学者』に比べると今ひとつ。

 『火星の人類学者』の後書きで、「これまでのサックスの本には、どこか患者たちより一段上に立っている匂いがあったが、『火星の人類学者』にはこの難点が乗り越えられている」といった内容の書評が紹介されていましたが、正に「これまでのサックスの本」を後に手にして、つい頷いてしまう内容。
 決してつまらない本ではないです。
 特に山中で怪我を負い、九死に一生を得る冒頭の下りは非常に魅力的です。本当によく生きて返ってこられたものだと感心します。
 しかしそこから回復に至るまでの経緯は、どうもこちらに迫ってくるものが感じられません。
 サックスはおそらく、抽象的にものを考え、隠喩的な連想を膨らませていくタイプ、と自分のことを思っている気がします。
 しかし申し訳ありませんが、サックスが抽象的議論や素晴らしい教養を披露している場面は、読者としてはあまり楽しめません。
 むしろ地に足のつきまくった具体的描写に長けた人物なのです。
 サックスの愛読者のほとんどは、彼と患者との交流の人間味溢れる様子に惹かれるのであって、半端な「哲学的」連想や医療マメ知識が欲しいわけではないでしょう(自身やご家族等に同様の疾病を抱えている場合を除く)。
 『火星の人類学者』の頃になると、その辺の天分を受け入れて円熟してくるのですが、この『左足をとりもどすまで』の時点ではまだ才気に走りすぎている感が否めません。

 一つ気になったのが、イギリスの医師たちのあまりの態度の悪さ。
 サックスはこの「患者」体験を通じ、従来の医療に色々と疑問を持つようになったようですが、こんなひどい接し方をされたら当然です。
 わたしは平均的日本国民に比べるとお医者様と接する機会がかなり高い人生を歩んできたのですが、少なくとも日本の医師の人格レベルは、イギリスよりは大分マシだと思います。確かに中には困った人もいますが、サックスの書にあるような扱いを受けたことはありません。
 というか、この体験以前には疑問を抱いていなかったのだとしたら、むしろその感覚の方がどうかしています。
 階級社会イギリスの医師一族に生まれ、聡明な精神と頑強な身体に恵まれていると、そういうリアリティにも鈍くなってしまうのでしょうか。
 逆に言えば、ここから『火星の人類学者』の閾まで患者たちに歩み寄っていったサックスは、やはり偉大だとは思うのですが・・・。

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