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2007年05月12日

採集民のススメ

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 血液型ダイエットなどでは、A型は農耕民、B型は遊牧民、O型は狩猟採集民、とかいうことになっています。血液型と関係なくても、人の性格をなんとなく分類するのに「農耕民」「狩猟民」といった表現が使われることがあります。
 ファシズムのことを続けて書きましたが、ファッショと言えば狩猟民。『愛と幻想のファシズム』なんて、そのままズバリ「狩猟社」という組織が物語の中心です。ファシストやファシスト好きには、「狩猟民」という言葉にワクワクする方が多いようです。別にファシストでなくても、「狩猟民」の方が「農耕民」より何となくカッコイイ印象を受けるのではないでしょうか。
 その気持ちはわかります。
 農耕によって覆い隠されてしまった「本来」の人類というイメージは、近代により疎外されたものを想起させます。これはあながちただのアナロジーではなくて、近代の枠組みの多くは農耕にこそ由来するでしょう。「計画的」生産活動、手続きと成果が複雑ではあるものの一定の安定をもって結び付けられること。農業から産業資本主義までこれらが一直線につながっているとは言いませんが、少なくとも遊牧や狩猟に比べれば縁が深いです。
 これらがどこか欺瞞的・箱庭的で、その向こうにある「賭け」の世界こそリアルであり、一回性を生きることなのだっ!という意気込みには、一定の共感を抱けます。絵に描いて額に入れたような「猪突猛進O型狩猟民」なので、平均的日本国民よりはそっちに走りがちな人間です。

 ただ、素朴にウソくさく思うのは、こうして「狩猟」が持ち上げられるとき、いつもサバンナで猛獣と戦ったり、幻のエルクを追って何日も山を彷徨ったり、そういう勇猛な話ばかりが想定されている、ということです。
 いかにも少年臭いというか、マンガ的です。
 中にはそういう果敢な「狩り」もあったかもしれません。獣と人の本気バトルで、人が命を落とすことも時にはあったでしょう。
 しかし人類は誕生以来のほとんどの期間を占める狩猟採集生活が、そんな命のやり取りで覆い尽くされていたとはとても思えません。毎日毎日グリズリーとやり合っていたら、命がいくつあっても足りません。というか、既に人類滅亡しているでしょう。

 「狩猟」といっても、大抵はウサギを罠にかけたり、野ねずみを捕まえて食べたり、その程度だったのではないでしょうか。
 魚釣りにしても、カジキマグロと一対一の男の勝負!なんてことは村の伝説にあるくらいで、大抵はダボハゼでも釣って細々やっていた気がします。

 そしてもっと気になるのが「採集」です。
 「採集」が登場する時はいつも「狩猟採集」とセットになっていて、しばしば省略され「狩猟」だけになっています。少なくともファシストやファシスト好きの頭には、「狩猟採集」の後半二文字のことなんて微塵も残っていないでしょう。
 狩猟も結構ですけれど、採集こそさらに「人類ネイティヴ」な生き方なのではないでしょうか。
 だって採集ですよ。採って集めるですよ。基本的に、そこにあるものを拾って食べるんです。あるんだったら、それが一番じゃないですか。
 芋とか果物とかその辺に生えているなら、テキトーに掘って食べとけば良いじゃないですか。
 もちろん、世の中そんなに甘くはないでしょうから、食うや食わずでこちらから獲物を求めることも必要でしょう。でもそれは、落ちてないから仕方なく狩るのであって、落ちてるんだったら拾って食べる方が楽に決まっています。
 どうしてこんな素晴らしい採集が、狩猟のオマケのような扱いしか受けていないのでしょうか。「採集」で検索をかけても、ヒットするのは「昆虫採集」ばかりで、狩猟のようなロマンも人類学的展望も全然見当たりません。
 ちなみに、文字通り「虫」をつかまえてパクパク食べる、というスタイルもかなりメジャーだったのではないかと思います。あんまり美味しくなさそうですが、グリズリーと戦って死ぬよりはハチの子食べてる方がマシでしょう。

 この背景には、食料取得法を評価するのに、性活動を巡る文化的文脈などが混ざり込んでいることがあるように思います。
 「獲物をとる」行為と、「オス同士の戦い」は動物にとってまったく別の行動ですが、おそらくは人間が象徴言語=隠喩的関連付けを獲得したことで「強い獲物を倒す - 強いオスを倒す」という連合が出来上がり、(無茶な)狩猟の過大評価が生じてきたのではないでしょうか。
 「オラが伝説の灰色熊をヤるんやっ!」とか威勢の良いことだけ言って、ウサギ一匹取れずに帰ってきては、女たちの集めたドングリをモグモグしている穀潰しの姿が目に浮かぶようです。

 しつこくファッショの方に引っ張ってみると、ファシズムの無駄に勢いのある所は好きなのですが、そういう「狩猟」ロマンばかりじゃなくて、もうちょっと地味というか、おばあちゃんの知恵が詰まってるというか、採集ライクなファシズムがあっても良いような気がするんですけれどね。

 「ファシスタ政党・採集社」。

・・・選挙でも革命でも絶対負けそうです


『クマにあったらどうするか―アイヌ民族最後の狩人姉崎等』 姉崎等 片山龍峯 『クマにあったらどうするか―アイヌ民族最後の狩人 姉崎等』


主なファシズム関連記事:
 「サイボーグ・ファシズム」
大前提、前フリ
 「『敢えてファシズム』」
 「にせファシスト」
実質内容
 「ファンタジーとファシズム」
 「ムッソリーニ、人種、自由」
参考
 「人間のフリをする人間」

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