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2007年06月25日

ラディカル・デモクラシーと「ただの民主主義」

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 「『ラカンと政治的なもの』ヤニス・スタヴラカキス」を受けて、ラディカル・デモクラシーについて考えてみます。

 まずよく認識しなければならないのは、スタヴラカキスの言うラディカル・デモクラシーとは、わたしたちが「民主主義」という語からイメージするものとはかなり性質が異なる、ということです。それは、「ユートピア的」政治理念、何らかの調和を約束する広義のイデオロギーからの脱却を目指して提唱された以上、「主義」という<良き閉域>に縛られるものではありません。例えばアメリカが「輸出」しようとしている「民主主義」や、「民主主義の牙城を守る」などと政治家たちによって語られている民主主義とはまったく異なります。
 一方、ラディカル・デモクラシーは単なるカオスではありません。それは不可能なものを幻想により(症候の否認により)覆い隠すのではなく、象徴的に包囲するものであり、「政治的なもの」自体を指すことはできないながら、その墓標を定めようとするものです。
 この「政体」は、極めて危ういバランスを要求するだけでなく、そもそも「ラディカル・デモクラシーを目指す」といった形で言及することができないものです。そう言ってしまった途端、「ただの民主主義」になってしまうからです。
 そして「ただの民主主義」は、ラディカル・デモクラシーに「及ばずながらも迫った」ものではなく、むしろラディカル・デモクラシーを阻む効果をもたらしてしまいます。
 なぜなら、「ただの民主主義」とは、一つの政治的システムとして提示されるだけでなく、「これが民主主義である」と主張することにより、デモクラシーの持つ真にラディカルな局面を覆い隠す、すなわちラディカリズムからの防衛として機能してしまうからです。

 今日、「ただの民主主義」ほど危険で醜悪なものはありません。
 確かに「ただの民主主義」は、外部を全否定する思想ではありません。自由主義的民主主義であれ、社会民主主義であれ、何らかの形で多様性と寛容を肯定的に見ようとします(もちろん、民主主義「諸派」は、互いに相手の「不寛容」を批判し合うでしょうが)。つまり、システムに対し<他者>があることを肯定しようとします。
 しかしこの肯定ほど危険なものはありません。多様性の尊重といった美辞は、「(ある統一的基体の)多様性」という形で、<他者>の暴力的回収として機能します(※1)。それは<他者>への同一化という、ラディカル・デモクラシーが危険視するトラップに見事に嵌っているのです。
 「ただの民主主義」が恐ろしいのは、広義の「ユートピア論」の一エテュードであるにすぎないにも関わらず、その事実を覆い隠してしまうことです。不調和を調和の幻想により不可視化のではなく、調和の幻想性自体を「予定された不調和」によって見えなくするのです。

 ラディカル・デモクラシーは「結果としての民主主義」です。ジジェクが言うように、それは「最悪の中では最善の選択」であり、「牙城」などを守っては断じてならないものなのです。
 その権力の座が空白であるのは、「空白とする合意」によるものではありません。合意の基づいた空白、などと言った途端、合意形成の場という水平的ユートピアが想定されてしまいます。
 空白を保つ方法の一つには、誰もが競って目指しながら、勢力の拮抗により到達できない、という可能性があります。しかし「拮抗」を予定調和として導入すれば(「デキレース」)、それこそ「ただの民主主義」なユートピア論です。
 もう一つの可能性は、誰よりも早く本当に権力の場に到達してしまい、そこを<空白>により占拠する、ということです。おそらくスタヴラカキスやジジェクが理想とするのは、このような「権力奪取」でしょう。
 しかしこれが可能となるのは、奪取が運動として、動的過程としてある場合のみです。スタヴラカキスは、一定の制度により「政治的なもの」を包囲しようとしますが、いかなる静的制度も空白を約束はしないでしょう。
 同一性identityが同一化identificationとしてしかあり得ないように、制度もまた、制度化としてのみ(制度の失敗としてのみ)可能性を持ちます。この点で、スタヴラカキスには空想的な印象を禁じえません。

 不調和を導入する制度として、選挙が挙げられていることにもナイーヴさを感じないではいられません。
 選挙に一定の偶然性が入り込むことは否定しません。しかし今日の「民主主義選挙」は、むしろ「予定された不調和」によって、調和の幻想をカムフラージュしてしまっています。
 制度が制度化の失敗としてのみ成り立つとしたら、選挙は選挙制度の濫用によってのみ、現実的なものを印付けます。
 卑近な例で言えば、外山恒一さんや松本哉さんの出馬は、まったく「当選」を目的としたものではありませんでした。つまり「制度的に誤った」使い方です。しかし逆説的にも、制度を濫用・悪用することこそ、運動としての制度化に寄与するものです。彼ら個々人の意図がどこにあったかは別として、結果としてのラディカリズムに向かう「倫理的に正しい」選挙の使い方だったと言えます。
 勘違いしてはいけないのが、こうした行動が民主主義の「温情」によって成り立っているわけではない、ということです。むしろ「温情」など持ってはいけないのです。
 「温情」とは、要するに<他者>を取り込み「理解」しようとしてしまうことです。ラディカル・デモクラシーに求められるのは、<他者>への同一化という独善ではなく、<他者>の不可能性への同一化です。彼らは決して「許されない」がゆえに、反民主主義的-民主主義という逆説(「ただの民主主義」が排除したいノイズ)に貢献してしまった、というわけです。
 逆に言えば、「温情」の及びようもない者として登場するものこそ、「ただの民主主義」を正しく破壊します。ジジェクは「それは原理主義ではないのか」という批判を一回全部呑んでしまえ、と言います。「然り、原理主義である」。その地点にこそ、「ただの民主主義」を唖然とさせ、それが暗黙的に前提としている箱庭の閉鎖性を暴露する契機があるのです。

 誰もがユダヤ人であり得ますが、より恐ろしいのは、「ユダヤ人などいない」とされてしまうことです。「ユダヤ人であったもの、それはもう遠くへ行ってしまった。CNNの中継放送の中に」。
 例えばナチスによるユダヤ人迫害について思考する時、最悪なのは、具体的「ユダヤ人」を想定し、これを物語化してしまうことです。「スティグマ化されるもの、それは既に印付けられ、わたしたちは十分警戒している」。こうして、真の症候が否認されます。
 今日ユダヤ人であるようなもの、それは「スティグマ化されているものとは、これである」という名指しが及ぶ閾の外にあるものです。「そんなものはスティグマではない」「それは排除とは言わない」とされる場所にこそ、幻想を支える症候があるのです。
 「典型的な被差別者」など存在しません。それは「可哀想な人たち」を同定し、自らの善意と調和を保証しようとする「無名の群」「名もなき善意の大衆」という、匿名的権力の防衛システムにすぎません。
 「可哀想な人たち」を最初に撃たなければなりません。
 「可哀想な人たち」を撃つ「とんでもない人たち」、しかもその動機がさっぱりわからない人々、彼らこそ「ただの民主主義」がひた隠しにする症候です。

 ラディカル・デモクラシーを巡る語らいには、極めて示唆的な部分が多くあります。
 しかしそれを、依然「デモクラシー」などと呼ぶ必要があるのでしょうか。
 そこに託された希望には共鳴しますし、効果的な状況もあり得るでしょう。
 しかしわたしたちを取り巻いている閉塞感とは、合意の困難さというよりはむしろ、合意が勝手にとりなされていく、「合意の形成され過ぎ」にこそ因するように思われます。そこで「デモクラシー」を言ってしまうことは、かえって「ただの民主主義」の掌中に嵌ることになるのではないでしょうか。
 主義の名すら持たず、暴走的な器官として「ただの民主主義」を戯画的に壊乱することにしか、具体的な希望は見出せないように思えてなりません。


『ラカンと政治的なもの』 ヤニススタヴラカキス YannisStavrakakis 有賀誠 『ラカンと政治的なもの』 ヤニス・スタヴラカキス

※1
「ドリトル先生と差別、なぜ多様性も「アイデンティティ」も無効なのか」「寛容さと共存の何が問題なのか」参照。

関連記事:
「『ラカンと政治的なもの』ヤニス・スタヴラカキス」
「スラヴォイ・ジジェク『人権と国家』、寛容と自由」
「『斜めから見る』スラヴォイ・ジジェク」
「身体を信じることは身体感覚を信じることではない、物質を愛することは自然を愛することではない」
「『イラク』スラヴォイ・ジジェク」
「寛容さと共存の何が問題なのか」
「自由意志、自己決定、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱え」」
「サイボーグ・ファシズム」

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