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2007年07月30日

"How to Read Lacan" スラヴォイ・ジジェク

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『How to Read Lacan (How to Read)』 SlavojZizek 『How to Read Lacan』 Slavoj Zizek

 『人権と国家』のインタビューで「ラカンがわからないなら、今度出す入門書を読め」として言及されている「ジジェクによるラカン入門」。
 "How to Read Lacan"というタイトルもそのまんまですが、本当に絵に描いたような「ジジェクによるラカン入門」です。「ラカン入門」ではありません(笑)。
 「一冊読んだら全部一緒」と言われるジジェクですが、日本語でいくらかジジェクを読んでいる人にとっては、「どこかで見たことのある比喩・説明」のオンパレードです。といっても、悪い意味ではなく、むしろ正反対です。

 「どこかで見たことがある」をポジティヴに評価する理由の一つは、わずか128ページというリーフレットの中に、ジジェクの「秀逸な脱線」が凝縮されている、ということです。
 ジジェクほど例え話やアナロジーの巧みな物書きもなかなかいないと思うのですが、「あの話どこに書いてあったんだっけ」なグッとくるピソードが少ない紙数によくまとまっています。
 金太郎飴のジジェクにも、『仮想化しきれない残余』あたりのハード系から『汝の症候を楽しめ』的お気楽本までバリエーションがあるのですが、"How to Read Lacan"はバランス的にも「中道」。よくできた「まとめ本」です。おそらく既に翻訳作業が進んでいると思うのですが、邦訳が出たら間違いなく売れるでしょう。
 学生さんあたりが「英語のお勉強」に読んでも丁度良いのではないでしょうか(笑)。お値段的にも激安。

 もう一つは、そもそも「どこかで見たことがある」こそ、娯楽としての読書(あるいは映画でも他の「アート」でも)に求められるものだ、ということです。
 わたしたちは漠然と「何か新しいもの」「新奇なもの」を楽しみとして探しているように思っていますが、本当に「見たことも聞いたこともない」ような圧倒的断絶を越えた作品が出現しても、まず気持ちよく読書することはできません。新しすぎて理解できない、というより、真実であればあるほど、それこそ「無気味なもの」として立ち現れ、下手をすると「作品」としてすら認められないでしょう。わたしたちが広義の娯楽に求める「新しさ」とは、揺りかごの揺れ程度のホメオスタシスのゆらぎに他なりません。
 「欺瞞的焼き直しを打破し、真に革新的アートを創造するのだっ!」とか息巻いても結構ですし、個人的にはそういう直球バカをハタから見ているのも結構好きなのですが、間違いなく売れませんし、きっと誰も(制作者本人も)楽しくなりません。
 逆に言えば、ある種の苦行や攻撃として「真なる革新」を追求するのなら、大いに応援したいです。その覚悟がないなら、素直に商業アートをやっていなさい。その道はその道で大変険しいのですから、ナメてはいけません。

 何度でも何度でも同じことを繰り返す、というのはとても大切です。
 大体、大切なことはそんなに多くはないのですから、どうでもいいことを数多く学ぶより、大事なことを手を変え品を変え反復する方がずっと意義深いです。正に永劫回帰、反復強迫。
 「繰り返す」ことには、「定着を促す」といった学習理論的な瑣末的効果もありますが、重要なのは、繰り返されているうちに別のものになっていく、そしてズレの中で核心が更に回帰してくる、ということです。その「核心」とは、繰り返される内容の中にはないものです。
 転移は常に何かの転移ですが、それは「トラウマ的経験のパターン」のヴァリアントではなく、一度もなかった経験、経験の領野の外部にあるもの(外部の無)が執拗にとり憑いてくることです。反復において常に到達できない何か、それは反復されるもの自体の内部にはない以上、一回や二回繰り返したところで発見することはできません。「気づき」は突然やってきます。

 前田日明とトイレでバトルになり互角にやりあった、という伝説の戦う編集者山田英司さん(※1)が、大槻ケンヂさんの対談集『直撃!強くなりたい道!!』でこんな発言をしています。

(武道オタクは本ばかり揃えていてもダメだ、という文脈で)
大槻 「書を捨てよ、道場に入れ!」と。
山田 そうなんです
大槻 でも、・・・その時捨てられるのは、福昌堂の本ですよ(笑)。
山田 ハハハハハ。いいです。月刊誌ですから(笑)。発売して買っちゃえば捨てても次ちょっとずつ変えてまた出しますから(笑)。

 素晴らしい。
 何度でも何度でも繰り返され、外部が析出される。しかも商売になる。


 ・・・って、"How to Read Lacan"の話を全然書いていませんね。そのうち気が向いたらまとめます。

※1
 極真空手や日本拳法を経験後、早大「中国拳法同好会」初代主将。福昌堂に入社、中国武術雑誌『武術(うーしゅう)』副編集長という立場を濫用(?)、各種中国拳法を学びまくり、その後『フルコンタクトKARATE』編集長に。30歳を過ぎて新空手、ムエタイに参戦。自宅に据付サンドバッグがある。現在「格闘ストリーミングマガジンBUDO-RA」編集長。「格闘伝説BUDO-RA」編集長。新空手の放送などでは時々解説者をやられています。
 理論と実践と社会性を兼ね備えた希有な人物。大昔「格闘Kマガジン」に書かれていた武術理論を読んで目からウロコが落ちた覚えがあります。著書:『武術の構造』『八極拳ノート』など。

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