前の記事< ish >次の記事
2007年07月29日

本当の友達

はてなブックマークに追加  delicious_s.gif  このエントリをlivedoorクリップに追加

 suVeneのあれさんが「本当の友達」というエントリを立てていて、気になっていました。
 子供の頃に「本当の友達とは何か」という問いにつまった時のエピソードなのですが、エントリは問いを開いたまま終わっています。

しかし、そんな俺もいつのまにか、「本当の友達」について考えなくなっていた。
まさに「いつのまにか」だ。
では俺は「本当の友達」が見つかったのだろうか。それとも、「本当の友達」など必要なくなったのだろうか。そうではなく、「本当の友達」など存在しないと考えたのだろうか。
その答えをここで書くのは今はやめておく。

 suVeneさんがこんな身が捩れるようなベタなタイトルで書き始め、そして中途な形で〆たのは、計算があってのことでしょう。というより「計算あってのことだと思われるだろうな」と計算して書いたのだと思います。
 「本当の友達とは何か」という問いは、多くの重要な問いがそうであるように、答えのないところに問いが立てられることによって、問われていない何かが伝えられようとしています。このお便りを受け取る資格がわたしにあるのかわかりませんが、なるべく素直な気持ちで言葉を紡いでみたいです。

 「本当の友達」とは少し違うのかもしれませんが、「友達」というものについてのわたしの考えは、ある古い友人(※1)の次の言葉に凝縮されています。
「良い友達とは、良い本を紹介してくれる人のことだ」。
 この言葉の意味するところの一つは、端的に「どんな本が良い本であるのかは人によって違う。自分にとって『良い』本を紹介してくれるのは、良き理解者の証」「『良い』本を惜しげもなく教えてくれるのは友情の証明」ということですが、それだけではないでしょう。
 本とは何でしょうか。
 書かれたものです。<誰か>が書いたものです。しかしその<誰か>は既にこの世にはいません。
 「ちょっと待った、本の著者を全員殺す気か」と言われるでしょうが、「著者」とは常に一人の死者です。
 「メールを出さなければ電車に乗り遅れられるのか、誰が電車に乗ったのか、愛は終着駅で致命的出会いにたどり着くのか」で触れましたが、「書く」という営みは何かが手遅れになること、駅のホームに駆け上がって、無情にも目の前でドアが閉じてしまうことです。思考としての<わたし>がホームに取り残され、モノとしての<わたし>が取り返しのつかない彼岸へと旅立ってしまうことです。「いや、それはそういう意味じゃないんだ、わたしが本当に言いたかったのは・・・」といくら繰り返しても届かないところへ<わたし>が行ってしまうことです。
 ですから、本とは彼岸からのお便りであり、死者の言葉です。
 そして<他者>とは、その辺を歩いているオジサンやオネエサンのことではなく、このような死者、絶対的に交通不可能なもの、まだ生まれもいない子孫、あるいは生まれる前に死んでしまった胎児のようなものです。
 「本を紹介する」という行為は、二人の生きた人間の中に、三人目の死者が入ってくることです。

 第三者としての<他者>が介入する場面というのは、友情に限りません。それどころか、わたしたちの社会生活の至るところで「死者の声」が響いていますし、そもそもわたしたちの生そのものが、死者たちの語らいの中に生まれた渦のようなものです。
 それでも、第三者が特別な形で介入する場というのが、いくつかあります。
 例えば結婚式です。「病める時も健やかなる時も」と誓うのは神様の前でです。
 「病める時も健やかなる時も」などと軽く言いますが、病んだら別人です。身近な人重篤な病気や痴呆・精神病などに冒された経験のある人なら、誰でもわかるでしょう。そんな別人を同じように愛する、というのは、「同じ」を保証してくれる絶対的な第三者が必要です。「別人みたいだけれど、同じ人なんだよ、だから約束を破っちゃだめだよ」と言ってくれるのは生きた人間ではありません。

 愛とは「君の中に君以上のものを」求め、「ないものを与える」ものですから、二人の関係のようで既に神様が読み込まれています。ですから、保証してくれる神様は、どちらかというとツッコミのような立場で、「いやいや、神様はわたしだから」「君たち今は突っ走ってるけれど、所詮は人間なんだから、先々のことも考えてちゃんと誓いを立てておきなさい」という役回りです。
 「良い本を紹介してくれる」時は、ちょっと違います。
 「こういう神様がいるんだけど、どう?」というのは、一つには「わかってもらいたい」「<他者>を通じてわたしを理解して欲しい」という欲望の表れでしょう。
 しかし「本当に」良い本を紹介してくれる人というのは、必ずしも「良い死体だと思うんだけど・・」とは思っていないものです。それどころか、「わたしにはサッパリわからないんだけれど、君ならわかるんじゃない?」という場合があり、むしろこちらのケースこそが「良い友達」を印付けるものとしての「本の紹介」の核心を示しています。

 友達は神様ではありません。
 うんざりするくらい血が通っていて、良いところも悪いところも丸見えです。
 そして本当に「血が通って」見えているとき、そこには必ず不可解なものがあります。不可解なものが見えていないのだとしたら、まだフィルタ越しに眺めるほどの距離でしかないか、あるいは恋愛的(転移的)に「君以上」が被さっているか、いずれかです(もちろん、純粋に中立な「友達」なども存在しない)。
 一方で、「わかんないから知らないよ」とも言えない。言いたいのだけれど、どうにもそれは言ってはいけない気がする。わかんなくてムカつくし、認めることはできないのだけれど、全否定することもできない。とても困った存在です。
 困った時は、大抵神様に頼みます。
 「わたしにはわからないが、少なくともわかる者が一人」必要なのです。そこで仲裁を頼む。「これ、良い本だと思うんだけど」。

 人は誰でも「わかって欲しい」ものですが、それは何より、自分が「わからない」からです。何がわからないのかと言えば、望んで<ここ>に来たわけでもないのに、何の用件で呼ばれたのかさっぱりわからない、ということです。
 「選ばれし皇軍戦士としてっ」とか閃いちゃったらラッキーですが、普通の人はそこまでパワフルではないし、逆に確信に至らない緩やかな信仰を共有する、という形で漠然と共同体に籍を置いておくものです。
 それでも「一体何の用件だったんだ」という「わからなさ」は残り続けます。ですから、究極の「わかって欲しい」は「このわけのわからなさをわかって欲しい」です。

 友達は、血が通いすぎていてよくわからない。「君のことはよくわからない。でも・・・」。
 そこで差し出された死者の言葉が、彼・彼女の背負った「わからなさ」に何を与えるのかはわかりません。一つの賭けです。
 それでも「このわからなさは、あいつのわからなさに何か通じるのではないか」という程度に、何かがわかったりします。
 ですから、最初のところで「良き理解者」という言い方をしましたが、正確には、良い友達とは「良き無理解者」です。
 自分の届かなさ、彼・彼女の放つ不愉快な空気、それに向き合い、なお捨て置かず、不可解に対し不可解をもって返す。そこで「アタリ」を贈呈できたら、あなたは彼・彼女にとって良い友達です。そして「良い友達」になれたのは、半分はあなたの力ですが、半分は死者の力です。

 友情関係には正面から四つに組む時期というのもありますが、そういう時間はずっとは続きません。とても疲れるからです。
 疲れるからといって、最初から戦う気がない関係というのも沢山あって、特に女子社会ではほとんどの関係がそうですが、少なくともわたしはそういうものを「友達」にはカウントしません。本当のことを言えばバカにし切っていますが、その話を始めると長いのでやめておきます。
 とにかく、四つに組む時期をちゃんと経過して、「わからん!」となって、それでも捨て置けない、だから上手に死者を導入する。導入が大失敗になることもありますから、最後の最後は<他者>という不可能なものが勝手に決めます。

 そういうのが「良い友達関係」なんじゃないかな、とわたしは思っています。


 どこかの誰か、まだ生まれてもいないかもしれない誰かが、わたしの死体を良い贈り物にしてくれますように。


※1
 その後の色々や、現在の思想的・社会的立場から考えて、彼は今のわたしを友達とは認めてくれない可能性が高いのですが、それも尤もなことだと思っています。ただ、少なくとも人生の一時期「良い友達」であったことは確かだと思うので、厚かましく「古い友人」と書かせて頂きます。

関連記事:
「ブログ記事評価におけるテクストの自律性を問おうとして人格概念と意味についての議論にはまりこんでみる」
「mixi疲れと友達の友達」

はてなブックマークに追加  delicious_s.gif  このエントリをlivedoorクリップに追加 FC2ブックマーク ニフティクリップ Yahoo!ブックマーク .

カテゴリ:文学・思想 <この記事を気に入って頂けたら、同カテゴリの過去ログを参照してみてください
よろしければクリックしてください>人文blogランキング  ランキングオンライン にほんブログ村ブログランキング


本当の友達

« ヘンケルスとハイドロキノンで角質の色素沈着を取る方法 | ish☆手作りスキンケア・サイボーグ | "How to Read Lacan" スラヴォイ・ジジェク »

コメント

サイン・インを確認しました、 . さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)

(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)


情報を登録する?