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2007年07月31日

非ムスリムがブルカで出社する

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 年間を通じて紫外線対策には余念のないワタクシですが、日焼け止めよりも美白化粧品よりも効果が高いのは物理遮断です。
 日傘や手袋が代表的ですが、やはり最強はブルカでしょう。
 ブルカとは、イスラーム女性のかぶっているヴェールのことです。フランスで被ったらダメとかダメじゃないとか議論になった、あのスカーフです(正確にはあれは頭髪を隠すヘジャブといい、ブルカとは異なる)。

 わたしは人生で何度か、衝動的に本気でムスリムになろうとしたことがありますが、とりあえず現時点では改宗する予定はありません。
 ですから、宗教的信念とは全然関係なく、一ファッションとしてブルカを評価したい、ということです。
 ブルカで出社したいです。

 単に紫外線を防ぐだけでなく、ブルカそのものがカッコカワイイと思いませんか?
 ブルカやチャドルといった語は日本ではかなり曖昧に使われていますが、それぞれに意義が異なります。Wikipedia:イスラム圏の女性の服装がまとまっています。
 チャドルは顔だけ出しますが、ブルカは目以外はすべて覆います。ちなみに、地域によっては、外を歩く時だけは目だけ、女性だけの場や家の中では顔は出す、という二段階変形機能を備えたブルカが使われていることもあります。このメカっぽいところにも惹かれます。
 イスラーム的には「肌を見せるのが淫ら」ということのようですが、隠すからこそむしろエロティックなわけでしょう。全裸の女が向こうから歩いてきたら、欲情する男性より通報する人の方が絶対多いです。

 服が「決まっている」というのも便利です。
 わたしは制服というものが大嫌いで、制服のある職業だけは徹底して避けてきたのですが、実は制服は有難いものです。選ぶ手間が省けるし、お金もかからないし、逆に通勤服は好きな服が着られます。実際、制服廃止で女子から猛反発を食らった、というケースも耳にします。わたしが制服を嫌いなのは、ただ単に個人的に、標準的「日本の女子制服」が激しく似合わないからです。ちなみに、軍服系の制服は異様に似合います
 ブルカなら似合うも似合わないもありません。余程極端な体形でない限り、誰が着たって一緒です。

 全身覆われてこっそり外をうかがう、というところもイイです。
 透明人間感覚、箱男っぽい感じです。安心できそうです。
 「着ている」というより「中に入っている」イメージですね。

 問題は暑さでしょう。
 日差しがきついところでは、むしろ肌の露出を抑える方が涼しくできるものですが、日本の湿度の高い気候ではまちがいなく蒸れます。
 でも心配は要りません。
 日本のオフィスビルは冷房完備、常にスーツ着用デブがデフォルト設定してあります。わたしも常時ストールで防寒しています。
 従来の東アジアモンスーン気候はブルカに全く適していませんでしたが、東京は既に我ら砂の民のための風土へと進化してくれているのです(※1)。

 このように多くの点で心惹かれるブルカですが、もちろん、現実にブルカ出社することは厳しいでしょう。
 もしわたしがイラン人ムスリムであれば、企業によっては許可されるかもしれません。興味深いのは、同じくムスリムであっても、日本人ムスリムとなるとまったく違う判断が下される可能性がかなり高い、ということです(「日本のムスリム社会、日本人ムスリム」で書きました)。
 ここに今回のケース、つまりムスリムではないけれどブルカ着用したい、というパターンを加えると、さらに面白くなってきます。
 日本人ムスリムのブルカ出社と、非ムスリム日本人のブルカ出社、どちらが障壁が高いでしょう。
 普通に考えると、「ムスリムとしての宗教的信念からブルカを着用するのであり、信教の自由を尊重して認めて欲しい」という方が正当性がありそうですが、実際は「非ムスリム日本人のブルカ出社」の方がまだ許される可能性がいくらか高い気がします。
 「純粋にファッションとしてブルカを着用しているのであり、宗教を職場に持ち込むものではない。多少奇異かもしれないが、淫らな服装ではなく、またブルカ着用者が希少であることから、人物の識別もできる」等々の理屈をつけると、「宗教的信念」より受け入られてしまうかもしれません。
 要するに「同じ日本人」が、異国の宗教に染まる、ということがとことん恐ろしく不快なのでしょう。つくづく百姓はどうしようもありません。
 一方で、本物のムスリムの中には「ムスリムでもないのにブルカを着るとは何事ぞ」とお怒りになる方もいらっしゃるでしょうから、こっちの危険(まだ納得できる危険)も覚悟しないといけません。

 最後の点については、よく考えてみると、ちょっと面白い気づきが得られます。
 非ムスリムがブルカ(もしくはそれに類するイスラーム的服装)を着用する場合、大きく二つのケースが考えられます。
 一つはイスラームに対する批判、もしくは中傷。ノルウェーの風刺漫画のケースのようなもので、何らかの理由でイスラームを皮肉ったりちゃかしたり、といった目的で着用するものです。
 仮に「反イスラーム」を主張するにせよ、こうした戦術は田舎のヤンキーの「反抗」と一緒で、実際上の撹乱としては機能しません。ムハンマドの肖像を焼く、などの超直球よりは一段上、という程度です。個人的には、白ブタがこういうダメな「反抗」手段しか思いつかないでくれて本当に助かった、と思いますが。
 もう一つは、「非ムスリムのブルカ着用」という行為がムスリムに対して与えかねない心象について、まったく想像が及ばないまま実行してしまう、というケースです。日本の大学生などが学園祭でやりそうなネタです。これは前者より更に百段くらい下で、もう話題にするのもアホらしいです。イスラーム聖戦士には、アメリカ兵より日本の大学生から狩って頂きたい。別に自爆しなくても一人百殺くらい楽勝でしょうし、コスパも優秀です。
 しかし、今回「思考実験」したケースは、上のどちらにも当てはまりません。わたしにはイスラームを批判・中傷する意図はなく、かつ、この行為がムスリムに与えかねない影響もある程度「知って」います(もちろん、実際のことはやってみなければわからない)。
 これは、無気味でとらえどころのない行為です。政治的意図でも無知によるものでもなく、かといってムスリムでもない。だとしたら特殊な「冗談」としか言いようがないのですが、ものすごい「本気の冗談」でもある。こういう行為を、わたしは「さておかれない冗談」joking inと呼んでいます(※2)。
 非ムスリムのブルカ出社は、もしかすると極限にラディカルなのかもしれません。

 できたらブルカ着用でAK-47をぶら下げて出社したいのですが、多分、会社まで辿りつけないと思います。

※1
 「砂の民」については以下参照。
「文化と文明、サイボーグ・ファシズムと母の殺害」
「webは「砂の文明」である」
「サイボーグ・ファシズム」

※2
 「さておかれない冗談」については以下参照。
「さておかれない冗談、外山恒一」
「大川周明とイスラーム、日本のイスラーム化と「さておかれない冗談」」

関連記事:
「日本のムスリム社会、日本人ムスリム」
「『アメリカの中のイスラーム』 大類久恵」
「『イスラーム戦争の時代』 内藤正典」
「中東イスラーム民族史―競合するアラブ、イラン、トルコ」

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