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2007年08月12日

『遊牧民から見た世界史』杉山正明 モンゴル帝国と資本主義

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『遊牧民から見た世界史―民族も国境もこえて (日経ビジネス人文庫)』 杉山正明 『遊牧民から見た世界史―民族も国境もこえて』 杉山正明

 『砂の文明・石の文明・泥の文明』にも引用のある、モンゴル史の専門家杉山正明氏による名著。「定住民中心の世界史」からのパラダイムシフトを図る、という野心作です。
 ただし、その「定住民中心の世界史」の最低限の知識がなければ、ズラし具合というのも愉しめません。また、ほとんどの読者にとって、中央アジアの地理自体が模糊としているはずです。それこそ「定住民中心」「西欧中心」の世界観の賜物なわけです。もうひとつ、本書でも指摘されていることですが、「中央アジア」という世界は、長い間「ソ連」という枠組みの周縁として、正確な分節化を拒まれてもいました。どっぷりと洗脳につかり、かつ中国史の苦手なわたしとしては、前半は地図ページと行ったり来たりしながら、四苦八苦して進んでいました。
 素人目にも間違いなくエキサイティングなのは、著者の専門でもあるモンゴル帝国に話題が移ってから。特に興味深かったモンゴルと銀・紙幣について、簡単にまとめておきます。

 金と銀が、長く貨幣的役割を果たしてきたことに異論はないでしょう。

ただ、歴史上、大きく見て二筋の流れがある。ローマ帝国から、いわゆるビザンツ帝国にいたる脈絡は、金本位制といっていい状態で知られる。かたや、古代ペルシアに端を発するイラン文明圏は銀を前面に押し出した。そして両方の体質を受け継いだイスラーム中東世界は、銀をおもな交換手段としつつ、金も使った。

 ところが、ここに一つ例外があります。銅貨に一元化された中華世界です(※1)。
 しかも中華世界では、長い間、最低の額面である一文の銅銭を唯一の基準通貨としていました。日常の売買はともかく、高額の取引では不便極まります。
 そこで「代用貨幣」的システムが発達しました。その一つに塩引があります。
 塩引とは、官営の製塩場で作られた専売の塩を、指定業者が受け取る際に用いられた「引換証」です。これが有価証券として、決済手段に用いられたのです。

 そこにモンゴルが登場します。
 モンゴルは中央ユーラシアの伝統から銀を中心的に使用していましたが、その広域支配により、十三世紀末には「国際通貨」としての銀が確立されたのです。
 そして極端な重商主義政策を採った第五代ハーン クビライが、主たる歳入手段としたのが塩引の売却代金でした。つまり、中華世界の征服により塩引の知恵を得、これを銀で購入することとしたことにより、「代用貨幣」システムと銀という通貨をリンクさせたわけです。

じつは当時、モンゴルが公式の「価値基準」とした銀は、膨大な通貨需要にくらべて、絶対量が不足していた。しかも、そのいっぽう、まさに当のクビライ政権がくりひろげる自由経済と通商振興政策によって(・・・)経済は目に見えて活況に向かった。ようするに、銀を基本にしていながら、肝心の銀が足りなかったのである。(・・・) クビライ政権としては、年々歳々、不足にむかうことが予想される銀をおぎなうために、従来からあった塩引という制度を、面目を一新するシステムに仕立て上げた上で、前面に押し出したのである。

 モンゴル帝国が広めた紙幣としては交鈔がより有名ですが、交鈔は小額紙幣であり、高額決済には適していません。
 銀と紙幣を携え、積極的に通商による利潤獲得を図ったモンゴル帝国は、世界史的におそらく最初の「商業国家」となりました。その支配により、国家や政権だけでなく、市井の人々にとっても銀と接触する機会が格段に増え、銀による資本の蓄積という発想も身近なものになりました。
 モンゴル帝国には、結果として現在の資本主義の下地を作る役割を果たした、と言ってよいのではないでしょうか。


※1
 銅銭文化圏がほぼ漢字文化圏と重なる、という興味深い事実がここで指摘されています。


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コメント

 たびたび失礼します。私自身、まったくこの分野には浅い知識しかないのですが、「モンゴル帝国」の中で大きな役割を果たした「テュルク系」、彼らの「イスラム化以前・以後」という問題に曖昧な興味を持ってきました。つまり「ムハンマド」を知る前の遊牧民たちです。無精かつ語学力も乏しいので、ネットで下記サイトを見つけたくらいです。読みやすいとは言えませんが、面白かったので、ご迷惑かも知れませんが、下記、ご紹介させていただきます。
http://homepage2.nifty.com/batyr/#oralliterature
 ちなみにドイツ語は早々と挫折しました。細々と伊・仏は続けています。AXISつながりということでご笑納ください。

投稿者 T34/68 [TypeKey Profile Page] : 2007年08月12日 16:43

コメントありがとうございます。
確かにイスラーム以前・以後の中央アジア、という視点は重要そうですね。わたしも全然わかっていないのですが・・。
イスラームが「砂の民」の宗教であるにせよ、当初はメッカやメディナなどの大都市定住民の間で広まったものです。クルアーンを読んでいると、ベドウィン差別?のような記述も見られます。ですから、狭義の遊牧民の間にイスラームが入っていくときには、もう一段障壁があったようにも想像できます。面白そうですね。

「AXISつながり」いいですね。こうして改めてみると、この三国、政治的にはともかく文化的には全然「仲間」じゃないですよね。こんなチームじゃ負けるわな、とか思っちゃいました(笑)。
イタリア語は全然できませんが、フランス語をやってらっしゃるのなら、とっつきやすいでしょうね。スペイン語とかも、看板くらいは意味が取れるでしょう(リスニングは別物ですが)。

投稿者 [TypeKey Profile Page] : 2007年08月19日 23:51

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