化粧水はハイドロキノンとビタミンC誘導体を使って手作りしているのですが、この手作り化粧水は美白メインの「薬効狙い」なもの。それだけに、余りに使い続けるとかえって肌に負担がかかってしまう可能性があります。
そんなわけで、最近は手作りをメインに「お休み用」化粧水を時々、という構成にしているのですが、この「お休み用」に使っているのがファンケル エヴァンテの化粧水「しっとり」。
エヴァンテはアンチエイジング・リンクルケアがメインのファンケルの中でも一番優しいラインナップですが、このエヴァンテが続々と廃番になっています。
アクシリオ(アースケア)はパッケージデザインにも凝っていないし、サイトの作りもコスメ・スキンケア系では全然ありません。コスト削減の一環なのでしょうけれど(値段を考えると素晴らしくよくできたクレンジングだと思います)、逆に素朴な味わいになっているところもあります。
]]>「お盆過ぎたら年末や」。
さすがに、お盆過ぎから年賀状の準備を始めたら気が早すぎるでしょうが、いかにも京都人らしいです。
実際、お盆が終わると、年末まではあっという間です。
南中高度からすれば「一年の真ん中」は夏至ですが、気温や四月で年度を切る日本の風習のお陰で、八月くらいにピークがあるような気がしています。「まだ折り返し」な気分でいると、実は三分の一しか残っていません。気を引き締めていかないと、それこそ年賀状シーズンまで一瞬です。
京都のお盆と言えば、五山の送り火。
長いこと京都に住んでいながら、京都の文化も祭も大嫌いだったワタクシですが、五山の送り火だけは良いイベントだと思っています。
祇園祭なんて、人を見に行くようなものです。オマケに、祭りで集まると言えばヤンキーです。文化だの伝統だの言っていますが、要するに祇園祭の実態はヤンキー見学です。
その点、送り火は京都全体が「イベントスペース」。ヤンキーのいない場所からでも楽しめます。
もちろん、出町柳の鴨川デルタをはじめ、定番の「送り火スポット」というのはあるのですが、見晴らしさえよければ市内の大抵の場所から見られます(行政上の「京都市」じゃないですよ)。
わたしはMacintoshユーザーではありません。
iBookも持っていますが、実質iPod専用HDと化しています。
.NET Frameworkのお陰でご飯を食べている今日この頃なので、ゲイツに足を向けて寝られません。本当は足を向けてバックキックでも叩き込みたいのですが、お金の方が大事なので「前髪ステキですね」とか言っておきます。
Macintoshについては、「はてな」に比べれば縁が深く、最初に買ったマシンはMacintoshで、都合三台乗り継ぎました。映像を扱っていた時はMacintoshで編集していました(その前はリニア編集、そのまた前はフィルム)。
それでも現在は、骨の髄までWindowsです。
ちなみにLinuxは、Google様がいないとpwdとdirとcdしか打てません。時々ps axとかkillとかやるハメになります。
「はてな」とMacintoshに直接の関係はないでしょう。ただ「わたしにとって」の極私的相対位置を考えると、妙な平行性があります。
]]>
『遊牧民から見た世界史―民族も国境もこえて』 杉山正明
『砂の文明・石の文明・泥の文明』にも引用のある、モンゴル史の専門家杉山正明氏による名著。「定住民中心の世界史」からのパラダイムシフトを図る、という野心作です。
ただし、その「定住民中心の世界史」の最低限の知識がなければ、ズラし具合というのも愉しめません。また、ほとんどの読者にとって、中央アジアの地理自体が模糊としているはずです。それこそ「定住民中心」「西欧中心」の世界観の賜物なわけです。もうひとつ、本書でも指摘されていることですが、「中央アジア」という世界は、長い間「ソ連」という枠組みの周縁として、正確な分節化を拒まれてもいました。どっぷりと洗脳につかり、かつ中国史の苦手なわたしとしては、前半は地図ページと行ったり来たりしながら、四苦八苦して進んでいました。
素人目にも間違いなくエキサイティングなのは、著者の専門でもあるモンゴル帝国に話題が移ってから。特に興味深かったモンゴルと銀・紙幣について、簡単にまとめておきます。
HIV検査結果証明書です。
一応、陰性です。ペーパードライバーのゴールド免許みたいで、あんまり自慢にならないのですが。
よくお車に乗られる方は、当然ながら定期的に検査しておくべきでしょう。
人間の人たちは、ラヴな人に病気うつしたりしたくないものなんでしょ?
わたしはスペックフリーク・検査フェチなので、数値自体が悦びです。
]]>
『聖典「クルアーン」の思想――イスラームの世界観』 大川玲子
良書です。
なぜ今まで手にとっていなかったのか、不思議なくらいです。
第一章はクルアーン(コーラン)およびイスラームの概説、第二章はキリスト教・ユダヤ教の聖書とクルアーンの関係。第三章では、クルアーンのアーキタイプとして天にあると想定される「天の書」が論じられます。そして第四章が、日本人とクルアーンの関係に充てられています。
特に第四章は、戦前亜細亜主義におけるイスラーム理解が論じられているほか、各種日本語訳の比較・紹介等があり、大変興味深く読めました。これからクルアーンを学びたい、とりあえず日本語訳を読んでみたい、という方にとって絶好のコンシェルジュとなっています。
『生物と無生物のあいだ』福岡伸一
しあわせのかたちのsho_taさんに薦められて読みました。
これは売れるでしょう。評判の本ですし、あちこちで色々な人が色々なことを書いているので、書評っぽいことは書きたくありません。とりあえず娯楽として一級ですから、ハズレはないです。 『もう牛を食べても安心か』を拝読した時、「この人は個別問題じゃなくて、科学論・科学史的視点で一般書を書かせたら凄いんじゃないか」と思ったのですが、そのものズバリの作品にできあがっています。
「文章がうまい」ということも多くの人が取り上げていて、実際上手だと思うのですが、敢えて混ぜっ返せば、ちょっと自分の文体に酔いすぎですね(笑)。いかにも理系男子くさい。その辺の「酔いっぷり」をちょっとだけ抑えめにしたら、もっと締まった魅力的文章になることでしょう。
動的平衡やら「内部の内部は外部」といったポイントについても、ラカニアンが色々言いそうなので、敢えて言いません。
一つだけ、素朴に「カッコイイなぁ」と思ったところを取り上げると、キャリー・B・マリスという科学者。
というか、免許取るお金あるなら借金返した方がいいんじゃないの・・・。
]]>
ニセ隊長です。
絵に描いて額に入れたような「ニセ」です。目とか三角でしょ。水に弱かったりするでしょ。
ビリーがちょっと痩せすぎな感じもイイです。ステキすぎます。