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2005年04月29日

他人、他認、「アイデンティティ」

 絶対的な第三者が最初から導入されなかった場合、わたしは愛する者とまったく同じになる。関係するのではなく、模倣する。
 内界と外界のズレ、自他の認識の違い、これらが「あって当たり前」の時(つまり普通の時)、これらは事実上「無い」。この無さこそが、第三項の効果である。
 違いはもちろんあるのだが、それは振り返って初めて「あると言えば確かにある」という有り様であり、ことさらに前景に張り付くことがない。少なくともそこから目をそらすことが可能である。

 一方、それが「ある」時、認識はされず、別の何かとして実体化する。それは「声」のようなもので、目をそらすことのできないものだ。愛する者とまったく同じになってしまったがゆえに、違いの無さが無いままに侵入するのだ。
 だから例えば、「幻覚が見える」という表現は正確には適切ではない。

この記事のカテゴリはカカリツケ


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