複雑な機械・欲望・取扱説明書
時間ができると、アンカーが緩んで「本当のこと」が見えてしまう。
ダミーに打ち込んでいた杭の向こうに、何がぶら下がっていたのか思い出してしまう。
世界はシンプルで、欲望が回る中心点も明らかだ。
「わたしを利用してください」。
もっとあからさまに言おうか。
「わたしの身体を利用してください」。
問題は、それをどうやって利用するのか、わたし自身にもわからないということだ。おそらくは誰にとっても、そのモノの使い方はわからない。預かり物の複雑な機械には、取扱説明書がついてこなかった。
だから欲望はぽっかり空いた穴の周囲を巡るしかない。その届かなさ、その何もなさを隠すために、さまざまなアンカーを使う。
たとえば、食べて吐いてみる。
たとえば、お金を貯めてみる。
出会えないモノ、入れるべきモノ
わたしではないものを求めるのは、わたしが既にわたしではないからだ。
かつてわたしであったモノはfadeしてしまった。
というわけで、わたしは求め、縁と穴を巡る一連の冒険を始める。
「あぁ、これこそわたしの求めていたもの! (かつてわたしであったもの!)」
ところが、これで終わりにはならない。
正確には、これには終わりがあるため、終わりにならない。
というのも、かつてわたしであったモノが今わたしではないと言えるわたしが発生した途端、時制の句読点が打たれ、すべてはstoryになってしまったのだ。だから出会いは瞬間に流れ去り、次に失望と別れがやってくる。だからこれには終わりがあり、もっと大きな物語のほうは終わりにならない。
「なんだ、あなたはわたしと一緒じゃないか(人間ではないか、モノではない!)」
それゆえ、出会いは出会い損なったときだけ成就する。
なぜなら、出会い損ねた出会いは過去として、つまりモノとしてしか出会えないからであり、肝心なのはそのモノを穴に入れてもらうことだけだからだ!
raison
不足しているのは、常に理由だ。