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2006年03月21日

帰化への帰化

 本当のことを言えば、彼女たちとわたしが「同胞」なのは、何かを共有しているから(故郷...)ではない。
 そもそも彼女たちの多くは「同胞」という考え方すらしていないかもしれない。
 一部に「同胞」意識を無闇に称揚する人々もいるが、彼女たちの言う「同胞」はわたしの「同胞」とは少し違う。
 わたしはたぶん、あの人々の「同胞」ではないし、彼女たちの目指す「コミュニティ」や「団結」には興味がない。

 わたしは同胞に「なった」のだ。
 彼女たちとわたしで、何かを共有していた結果、「同胞」という間柄が見出されたのではなく、あの子たちと「同胞」であるために、わたしは意識して何かを選択(あるいは切断)したのだ。
 これは帰化の手続きに似ているが、正確に言えば「帰化者への帰化」である。
 つまり、ある国家への帰化ではなく、「ある国家に帰化する人々」という集団に対して、帰化を申請したのだ。

 「ある国家」にはそれほど興味がない。
 この国の「真の国民」になりきれる日など永遠にやってこないし、その場所が棄ててきた国より本質的に優等であるわけではない。わたしは旅商人であって、居心地よくビジネスができれば、永住者たちの税負担や福祉がいかほどであるかは、興味の対象ではない。
 ただ、「あの国家に帰化する人々」には大いに心引かれる。
 理由を問われて窮するほどに、それが始まりにあった。
 強いて言えば、わたしは美しい旅人を愛しているし、故郷を持たないものの<故郷>にノスタルジアを抱く。
 だから、わたしは申し出たのだ。
 「あの国家」への帰化に見せかけて、「あの国家に帰化する人々」への帰属を。
 存在しない<故郷>に、血の兄弟を求めて。

この記事のカテゴリはカカリツケ


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