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2007年04月03日

答えを手にしてから問いを立てる死者

 外国人と言っているのは、実は死人のことだ。
 わたしたちは「棺桶に片足を突っ込む」ことによりニンゲンになる。
 このとき死者の登記簿に名を連ねることにより、多くの者が死と「本当の死」の間で巧みに宙吊りにされる。つまり、死んでいることに気付かない死者、外国人であることに気付かない外国人になる。
 呼びかけに振り向いてしまうことにより実は死んでいる、このことを隠し切れなかった者たちは、いくつかの特別な方法を取る。
 「外国で『外国人』になる」アクティングアウトについては前にも触れた。
 もちろん、「本当に」死んでしまうこともできる。これらは散文的な方法だ。
 一方で、「紛れもなく死者」ではあるものの、意味の領野では解釈できない「死に方」を表現する者もいる。
 そう、ここまではよい。
 気になっているのは、これがいかにして<移行>と紐付けられるのか、だ。
 もちろん、ここに「意味」はない。
 しかし気まぐれでもない。
 この隘路は間違いなく予め決められていたものではあるが、一方で世界の中にこの道を示す道標はない。
 だから問わないではいられない。なぜこの道がかくも絶対的なのか、と。

 この道を選んだ者の多くが、問わないまま答えだけを手にしたが、答えを手にしてから問いを立ててしまう者もいる。
 少なくとも、ここに一人。

この記事のカテゴリはカカリツケ


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